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2022年秋の期待作は、ヒラリー・スワンク主演の「アラスカ・デイリー」と複雑な母子関係を軽いタッチで描くドラメディー「ソー・ヘルプ・ミー・トッド」調査報道記者と私立探偵の共通点は?

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映画「スポットライト」の脚本と監督を務めたトム・マッカーシーが書き下ろした重厚な新ドラマ「Alaska Daily」(13話)。演技派ヒラリー・スワンクが演じるのは、NYでキャンセルされて行き場を失った調査報道記者アイリーン・フィッツジェラルドで、地の果てアラスカで地元の先住民女性が抱える制度的偏見・差別を暴き、ジャーナリストとしての名誉挽回を計ろうとする。

地上波局は、動画配信サービス会社と闘っても勝ち目がないと悟って以来、長い物には巻かれろとばかり、地上波局の作品を蔑ろにして(少なくとも私の目にはそう映ります)、各局の延長とも言うべき配信サービス構築に全力を注いできました。

特に、ディズニーがFoxを吸収して、ディズニー+の立ち上げに没頭していた過去数年、傘下のABCは完全に忘れられたような継子扱いを受け、画期的なドラマを送り出そうとする果敢さは完全に消失しました。漸く、21年春の新ドラマとして少々毛色の違う、笑いと涙のリベンジドラマ「Rebel」を発表しました。

黒人のスーパーヒーロー、オリヴィア・ポープ(「スキャンダル 託された秘密」2012~18年)を輩出したABCが、此の期に及んで、環境活動家エリン・ブロコビッチもどきの、破茶滅茶、猪突猛進型のレベルを団塊世代のスーパーヒーローに仕立て上げようとしたのかは、未だに謎で、予想通り視聴率がとれず、1シーズン(10話)で打ち切りとなりました。

今秋の期待作「アラスカ・デイリー」(原題「Alaska Daily」)は、「Rebel」とは正反対と言っても良い程、社会啓発と問題提起に満ち満ちた深刻なドラマです。それもその筈、アカデミー賞受賞映画「スポットライト 世紀のスクープ」(2015年)の脚本・監督を務めたトム・マッカーシーが書き下ろした地方新聞社を舞台にしたドラマです。今年5月にピューリッツァー賞受賞したアンカレッジ・デイリー・ニュース紙とプロパブリカ(非営利報道機関)による連載記事「無法」で取り上げられた、Missing and Murdered Indigenous Women and Girls(=MMIWGとは、全米・カナダの先住民族女性や少女が何世代にも渡って受けてきたあらゆる迫害や暴力等、白人による残虐行為の解決を促す運動)を土台に創作しました。アラスカの土地柄、過疎地には法の執行機関がないことや、出所した犯罪者が警官として雇用され、法の目の届かない過疎地で先住民の女性に危害を加えていた事などが赤裸々に綴られた記事をドラマ化し、人種・性差別故に建国以来発生してきた、先住民族への構造/組織/制度的偏見や差別を根刮ぎにしようと乗り出す、勇猛果敢な調査報道記者に生き残りを賭ける地方新聞社の哀しい現状と記者達の葛藤を描きます。

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NY(=世界)の第一線で活躍していた調査報道記者アイリーン・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)は、ネタの真偽を証明できず一大スクープを逃した上、ザ・ヴァンガード社で働く駆け出しリサーチャーにパワハラでキャンセルされてしまいます。自宅に籠って悶々としているアイリーンを遠路遥々訪ねて来たのは、17年前コロンバスでアイリーンを首にした上司スタンリー・コーニック(ジェフ・ペリー)。アンカレッジ市の地方新聞デイリー・アラスカン紙の編集長をしているスタンリーは、広大なアンカレッジ地域のそこここで起きる事件の取材に追われて、先住民女性の未解決事件を調査報道する余裕がないと嘆き、アイリーンをリクルートしようとやって来たのです。「マイナーリーグの仕事なんて今更できない!」と無碍に断ったものの、スタンリーが置いていった失踪者のファイルをオンラインで検索し始めます。

 

編集長に引き抜かれたアイリーン・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)は、独自のコネを利用して難なく取材できると過信する一匹狼だが、ロズ・フレンドリー(グレイス・ダブ)の橋渡しと協力が無ければ、先住民の被害者家族から信用されず、調査など以ての外と悟る。同様に、ロズもベテラン調査報道記者から学ぶことは山ほどあると次第に守りの姿勢を崩して行く。(c) Darko Sikman/ABC

 

アイリーンの仕事ぶりを知っている地元記者達は、人手不足もあって大いに歓迎しますが、アラスカの文化・伝統・歴史を何も知らない白人への風当たりは半端ではありません。聞き込みしようにも、地元先住民には拒否され、これまで極力波風が立たないようにおっかなびっくりで接して来た地元警察の神経を逆撫でし、社の立場は悪くなる一方です。先住民族の女性が失踪/殺害されても、自殺で片付けられるか、被害者の麻薬・アルコール依存症に責任をなすりつけるか、捜査もせずコールドケースにして葬り去るかで、この「無法状態」の根源を暴くべく、アイリーンと従姉妹を亡くした先住民記者ロズ・フレンドリー(グレイス・ダブ)は、食いついたら離れないスッポンのような取材力と長年培った各界のコネを武器に、果敢にも調査に乗り出します。都落ちしたアイリーンは、ジャーナリストとしての名誉を挽回できるでしょうか?

新ドラマ「アラスカ・デイリー」のパネルインタビューの模様。上段左から、ダブ、マット・マローイ、メレディス・ホルツマン。中段左からパブロ・カステルブランコ、スワンク(制作総指揮兼主演)、ジェフ・ペリー。下段左から、エイミー・パーク、クレイグ・フランク、マッカーシー(クリエイター/制作総指揮)、最下段中央ピーター・エルコフ(制作総指揮兼上級プロデューサー)。Courtesy of American Broadcasting Companies, Inc.

 

マッカーシーが書き下ろした重厚な社会啓発と問題提起ドラマを、アカデミー賞受賞女優で演技派のヒラリー・スワンクが体当たりしている事だけでも、一見の価値はあります。しかし私は、マッカーシーが「スポットライト 世紀のスクープ」(2015年)で描いた調査報道記者という尊い職業を、もっと私的レベルまで掘り下げて描いてくれることを期待して止みません。同じもの書きとして、危ない橋を渡り、想像を絶する忍耐力と努力で、不正を世に知らしめる調査報道記者に畏敬の念を覚えるからです。近年、唸るほど面白く何度読み返しても飽きない不正暴露本は、全て内部告発者が警鐘を鳴らし、調査報道記者が聞き込み、取材、執筆をした賜物です。ハーヴェイ・ワインスタインの正体を暴いて#MeToo運動の火付け役となった「キャッチ・アンド・キル」のローナン・ファロー、エリザベス・ホームズの詐欺行為を綴りセラノス社崩壊に導いた「BAD BLOOD」のジョン・キャリルー(「ドロップアウト」の中でご紹介)、Showtime局のアンソロジーシリーズ第一弾「Super Pumped」の土台になった「ウーバー戦記」(トラビス・カラニックの狂犬ぶりを綴った「Super Pumped: The Battle for Uber」でご紹介)のマイク・アイザックが、調査報道記者と内部告発者への畏敬の念を抱かせる秀作と言えるでしょう。

昔から視聴者の年齢が高いことで有名なCBSは、今年シーズン5を開始した「FBI 特別捜査班」を頭に、「FBI :Most Wanted~指名手配特捜班~」と「FBI: International」のフランチャイズと、「NCIS〜ネイビー犯罪捜査班」(シーズン20)以下、「NCIS:LA~極秘潜入捜査班」と「NCIS:ハワイ」のフランチャイズに加えて、CSIフランチャイズもあり、僅かに残った放送枠に若者受けを狙った作品を発表しては、視聴率低迷を理由に打ち切ってきました。新番組を育てあげる忍耐力がないことを棚に上げて、長寿番組の視聴率に覚束ないの言い訳は余りにもお粗末としか言いようがありません。

しかし、恐竜レガシーメディアCBSがメディアから最も叩かれたのは、番組制作のあらゆる局面でダイバーシティ(人種・性別・年齢・階級等の多様性)が見られない事。時代遅れの企業文化を死守してきたテレビ業界の’ドン’レスリー・ムーンベス辞任後、CBSのドラマに新風が吹き込まれてきました。2018年に、CBS’初’のゲイのキャラを主役に、同性婚を果敢に描く犯罪捜査/ミステリードラマ「インスティンクト~異常犯罪捜査~」(2018~19年)、ロサンゼルス市警察本部長に起用された’初’の白人レスビアンが活躍する「Tommy」が2020年に登場しましたが、いずれも早々に一巻の終わりとなりました。

無抵抗の黒人ジョージ・フロイドが白人警官に暴行を受けて死亡した事件をきっかけに全世界に広がった「Black Lives Matter (BLM)」運動で、法執行機関への不信が募る一方の米国では、伝統的な家父長制/白人至上社会を絵に描いたような、従来の犯罪捜査/刑事ドラマは、ほとぼりが冷めるまでは敬遠されています。2021年、CBSのダイバーシティとインクルージョンに対応しようと颯爽と登場したのが、主人公ロビン・マッコール元諜報員(クイーン・ラティファ)、十代の娘デライラ、叔母ヴィオラ、更にロビンの違法行為を大目に見るNYPD刑事の4人の黒人が中心の痛快ドラマ「イコライザー」リブート版と、#MeToo運動の流れを受けて登場した黒人女性判事が主人公の法廷ドラマ「オール・ライズ 判事ローラ・カーマイケル」ですが、「オール・ライズ」はシーズン2をもって打ち切られましたが、オプラ・ウィンフリーの目に留まり、自局OWNがワーナー・ブラザースTVと交渉し、内容を少々変えて今年6月から10話を放送しました。

しかし、今秋の新ドラマは、黒人女性が率いる「コミュニティー・ベース」(上から押さえつけたり取り締まるのではなく、地元の住民と協力して’我らが街作り’に貢献する警察署)の新しいNYPD第74分署を描く「East New York」のみが世相を反映しています。カリフォルニアの山火事に対処するためにリクルートされた囚人グループの活躍と葛藤を描く「Fire Country」、そして期待異色ドラメディー「So Help Me Todd」は、又も白人中心で脇をダイバーシティで固めた感があります。

 

9月21日のバーチャル・パネルインタビューで開口一番、「これは僕と母の実話です。義父が突然姿をくらました時に、ここぞとばかり子供の頃からなりたかった諜報員になりきって、行方を突き止めたんです」と発表して、評論家をあっと言わせたのは、「So Help Me Todd」のクリエイター、スコット・ペンダーギャストです。「『FBI 失踪者を追え!』の見過ぎかも?」で大いに笑わせた後、ペンダーギャストは「『グッドワイフ』の弁護士アリシアと調査員カリンダを、母親と息子の関係に変えて、異色コンビを『こちらブルームーン探偵社』(1985〜89年)の世界に放り込んだら. . .と提案したら、あっさりCBSからOKが出ました」と付け加えました。奇抜なアイデアですよね?

 

母親の引いたレールに乗ることを拒否し、私立探偵になったトッド(スカイラー・アスティン)は、弁護士事務所付きの調査員となり、マギー(マーシャ・ゲイ・ハーデン)の苦手なデジタル機器を駆使して、情報を入手。世代の違い、母子のすれ違い、弁護士と調査員の違いなどが、面白おかしく描かれる楽しい作品だ。(c) Michael Courtney/CBS

 

9月29日に放送開始となった「So Help Me Todd」は、オレゴン州ポートランドを舞台に、叩き上げの敏腕弁護士マギー・ライト(マーシャ・ゲイ・ハーデン)と、ライト家の恥さらしトッド(スカイラー・アスティン)が繰り広げる家族・職場ドラメディーです。トッドは、私立探偵社を経営していましたが、共同経営者に罪をなすり付けられて、免許剥奪の憂き目に遭い、姉アリソン(マダリン・ワイズ)宅のガレージに住み、保険会社の調査員をして細々と暮らしています。義父ハリー(マーク・モーゼス)が忽然と姿をくらまし、オロオロするだけの母マギーに、手を差し伸べたのは、日頃負け組やダメ息子と貶していた末っ子のトッドだけでした。クレジットカード請求書の転送先からハリーの行方を突き止めようと、違法行為も何のその!杓子定規のマギーには、大胆不敵な行動は、心臓に悪い!ものの、意外にも私立探偵としての才能があると悟ります。

チャリティー・イベントに独りで参加するのは惨め!と拒否するマギーを、無理矢理引っ張り出すのも、独身の末っ子トッドの役目!?(c) Bettina Straus/CBS

 

自ら書き下ろした初のドラメディーは、ペンダーギャストが、幼い頃から欠かさず観ていた私立探偵モノ「探偵ハート&ハート」(1979〜84年)、「探偵レミントン・スティール」(82〜87年)、「こちらブルームーン探偵社」(85〜89年)等の、珍コンビの軽妙な丁々発止を再現しようと試みたものです。アリシアとカリンダの珍コンビとは言い得て妙で、何でもルール通りでないと居心地の悪い弁護士対、鋭い観察力と咄嗟のはったりで、違法すれすれも何のその!の調査員の基本的スタンスの違いが面白おかしく描かれています。そして、四角四面のマギーが、ダメ息子と閉口していたトッドと一緒に仕事をするにつれて、少しずつ丸くなり、親が敷いたレールに乗らなくても、人に迷惑を掛けずに独り立ちして幸せなら、それで良いか〜と思い始めます。

 

ハリーの失踪を巡って、家族会議に集まったマギー、アリソンの夫チャック(クレイトン・ジェームズ)、長女アリソン(マダリン・ワイズ)、長男ローレンスのパートナー、チャッド(トーマス・カドロー)、次男トッド。(c) Bettina Straus/CBS

 

弁護士・探偵の世界、母子関係を一話完結型の軽妙なタッチで描く「So Help Me Todd」は、1)アイデア、2)配役(マーシャ・ゲイ・ハーデンのコメディーは、希少価値!)、3)懐かしい私立探偵モノに倣った丁々発止等、三拍子揃った期待度の高いドラメディーです。但し、伝統的に新番組を育て上げる忍耐力に欠けるCBSですから、余り期待はできませんが. . .

因みに、ペンダーギャスト同様、私も幼い頃から私立探偵になりたかった口です。次々と登場する障害をなぎ倒して、飽くまでも真実を追求する姿が、私の探究心/探求心をくすぐるからです。図らずも、今回期待作としてご紹介した「Alaska Daily」と「So Help Me Todd」の主人公は、危険を顧みず、飽くまでも真実を追求する職業に身も心も打ちこむ、私の英雄なのです。

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