長年、日本を離れていますが、世界一著名な自動車王が途轍もないケタ違いの給料をもらっていたにも関わらず、私腹を肥やすために職権濫用して起訴され、保釈中に貨物に隠れて、日本を脱出した話だけは聞いていました。
カルロス・ゴーンは、今年7月24日に逃亡先のレバノンで日産などを相手に10億ドル(約1400億円)の損害賠償請求を起こし、7月18日には日本外国特派員協会向けにオンライン会見を開いた転んでもただは起きない元カリスマ経営者です。一方的に無罪を主張するだけで、「報酬隠し」や豪邸の購入、中東を経由した資金還流など、数々の疑惑をくつがえすだけの言い訳はなく、日産の乗っ取りを阻止しようと旧体制支持派=少数の中堅幹部が起こしたクーデターの犠牲になった’被害者’で、日本の司法制度や捜査機関を徹底的に叩くことに終始しました。
本コラムでもシリーズでお届けしたミレニアル詐欺師(「令嬢アンナの真実」のアンナ・デルヴィー、「スーパーパンプト/Uberー破壊的ビジネスを創った男ー」のトラビス・カラニック、「ドロップアウト~シリコンバレーを騙した女」のエリザベス・ホームズ、「WeCrashed~スタートアップ狂騒曲~」のアダム・ニューマン)にも勝るとも劣らない、己を神格化する術に長け、人を騙したり裏切ったりすることに抵抗がなく、真面目な人達から搾取し、共同体の利益にタダ乗りしようとする自己愛性ソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)です。自責の念、羞恥心、後悔、恐怖、戸惑いの欠如が、ペテン師どもの共通項です。
2022年10月26日ネトフリで公開されたドキュメンタリー映画「逃亡者 カルロス・ゴーン 数奇な人生」は、日産やルノーの幹部、ゴーンの妹や超好意的な日本人家政婦、安藤優子や日本人ジャーナリスト、弁護士等のインタビューでゴーンの功罪を描きました。客観性を維持するために、日仏の合同取材チームが制作していますが、ゴーン自体は制作に関与していません。
来たる8月25日よりApple TV+で公開されるのは、著書「カリスマCEOから落ち武者になった男 カルロス・ゴーン事件の真相」を元に、ゴーンや関係者によるインタビューで綴るドキュメンタリー・シリーズ4話です。「カリスマCEOから落ち武者になった男」を書いたウォール・ストリート・ジャーナルのパリ支局員ニック・コストフと同紙東京支局員のショーン・マクレインがプロデューサーを務め、長年追いかけてきたゴーンの盛者必衰を綴るため、詳しい経緯を知らない人間にとっては分かりやすくて面白いドキュメンタリーです。
ゴーンの「ミッション・インポッシブルの人生」を直に体験した日本人には、新しい発見はほとんどないかも知れませんが、映画「アルゴ」のような劇的な逃亡を遂げてレバノンでぬくぬくと暮らし、日本叩きとガスライティングで(内省するのが怖く、正体がバレるのを避けるために使われる心理的操作/虐待のこと。詳しくは、7月29日公開の「Couples Therapy」シーズン3第2部をご参照ください)一世一代の窮地を逃げ切ろう!+あわよくば日本からこれ又ケタ違いの賠償金を絞り取ろうとするゴーンに又々憤りを感じて、トラウマになった不愉快な思い出を蒸し返すかも知れません。私でさえ、ムカつき、何度も「卑怯者!」「なめんなよ!」と叫んでしまったほどですから。
第一話「傲慢」
アマゾンの熱帯雨林で生まれたゴーンは、殺人罪で投獄された負け組父親を見返そうと、叩き上げの自動車王にのし上がり、1999年に当時倒産寸前だった日産自動車にフランスのルノー社が送り込みました。2001年、主導した「日産リバイバル・プラン」が奏功し、日産をV字復活させて、救世主/神/スーパーヒーロー等の褒めそやされ、晴れて社長兼最高経営責任者(CEO)となりました。日産にとっては救世主だったかも知れませんが、コストカッターの名に恥じない大幅人員削減や事業売却、系列破壊等でリストラを実施して、失業者を輩出しました。2005年から日産のみではなく、ルノーのCEOとなり、正に世界を股に掛けた前代未聞の自動車王として君臨する筈だったのですが. . .2018年11月19日、東京地検特捜部に金融商品取引法違反の疑いで逮捕されるまでを綴ります。
ゴーンの驕りが醜い頭を擡げるようになったのは2005年。イエスマンのみで周りを固めた「裸の王様」は、王国を維持するために、失敗や非を認めるなど言語道断、嘘の上塗りを繰り返して、バレないように工作(ハッタリを利かす、追及を回避するためにはぐらかす、威嚇する等)する、公私混同が甚だしい暴君/独裁者振りを発揮するようになりました。窮地を脱する要領の良さ/こざかしさや、羽振りが良くなってからゴーンが発揮する、他人(日産やルノー)の金なら無駄遣いしても平気という貧乏根性/たかり根性は、幼い頃に植え付けられたものと思われます。「WeCrashed~スタートアップ狂騒曲~」でミレニアル詐欺師の第四弾としてご紹介したアダム・ニューマンを彷彿とさせます。
第二話「監禁の正当性」
タイトルは、ゴーンや関係者が指摘して国際的に問題視されている「人質司法」のことです。取り調べの不透明性や、逮捕を繰り返して長期拘束する日本の司法が抱える問題ではありますが、ゴーンの犯罪疑惑と日本の司法制度の問題をすり替えるのは、筋違いと言うものです。ガスライティングの達人は、自分に’都合の良い現実’を捏造して、被害者を煙に巻き、混乱させて追い詰めることに長けています。
日産自動車代表取締役グレッグ・ケリーの愛弟子だったハリ・ナダが、誰も監視していないことを利用して、1)報酬減額を記載した不正、2)私的な目的での資金不正、3)経費の不正支出で私腹を肥やしていると極秘調査を始め、内部告発して本格的調査が実施され、検察当局に報告した結果が2018年11月19日の逮捕につながりました。日産米国法人採用で、法務・人事を担当していたケリーは、ゴーンに見込まれて代表取締役に就任し、ゴーンを自動車業界のマイケル・ジョーダン並みのスター扱いするタレント・エージェント/腹心として、ゴーンに様々な便宜をはかった職権濫用の疑いで逮捕されました。
会社を私物化し、ATM替わりに濫用、「これだけ貢献したんだから、それなりの報酬は当たり前」と言う自己愛性ソシオパスならではの、特権意識丸出しです。ゴーンの後妻キャロルは飽くまでも夫の無実を信じて、「不当な身柄拘束をした」「夫に連絡できない理不尽な司法制度だ」と怒り狂って、日本叩きに徹しました。女傑キャロルが日本脱出を計画したと信じる人もいるとかいないとか. . .
第三話「逃亡」
この回では世紀の逃亡劇を演出・実行した男、元グリーンベレー隊員のマイケル・テイラー自身が、ゴーンとの繋がり、連絡方法、逃亡作戦の逐一を語ります。日本の文化的盲点を突いて、巧妙に企てられた日本脱出計画は、まるで往年のドラマ「スパイ大作戦」並みです。しかし、私は罪の償いをする気などさらさらなく、自分の権利のみを主張するゴーンの逃亡が失敗すれば良かったのに!と言う観点から観たので、日本が完全にバカにされていて、ムカつく事頻りです。極め付けは、ベイルートで逃亡体験を手柄顔で語るゴーンのインタビューです。
第四話「被害者か悪人か」
最終回は、さすがのコストフやマクレインも呆れ果てたゴーンの業突く張り振りと、日本に迫害される「被害者は俺様!」とこれ見よがしに行ったベイルートでの記者会見で見せた自己愛性ソシオパス振りを綴ります。又、コストフが入手したゴーンの故弁護士のコンピュータに残っていたデータ(金の行方)が紐解く数々の会社資金流用やマネーロンダリングの数々、新たに浮上したオマーンとの関係や、世界の1%の1%(=超富裕階級)と交流を深めるために、会社の経費で購入したヨットやコーポレートジェット、’会議’と称して計上したヴェルサイユ宮殿でのパーティーやリオのカーニバル等、全てゴーンの親戚縁者を潤わせるための散財にも言及します。
ゴーンの逃亡幇助の立役者テイラー親子(マイケルとポール)は、計画自体にかかった経費さえほとんど未払いで、請求しても梨の礫だと主張。命の恩人にさえ報酬を出し惜しむのは、他人は搾取するための存在で、必要に応じて利用するだけの使い捨て!利用した後は野となれ山となれ!でしかないからです。金を出さなければ誰も助けてくれないんですけど. . .ナルシストは、自分に救いの手をさしのべることを名誉だと思わない方がおかしいと思うのかも知れませんね?
共謀者と見られていたケリーの言い分もインタビューに含まれていますが、この3人はゴーンにとって一時は利用価値があったものの、一旦安全な場所に逃げ込んでしまった今では、全く無用の長物になった好例と言えるでしょう。マイケル・テイラーが最後に一言放った「これで終わったとは思っていない」は、「今に見てろよ。俺は執念深いんだ!」と挑発しているように読み取れました。
今年に入って3回目で、8月1日に民主主義の根幹を揺るがした責任を問われる重罪で起訴されたトランプでさえ、コア支持者を失っておらず、史上初の元大統領起訴に対して「起訴に根拠はなく、バイデン政権による権力の乱用だ」と批判し、いずれの起訴事件(最高機密文書の不正保管事件、不倫の口止め料を隠すための記録改ざん事件、就任中に民主主義を覆そうと企んだ事件等、8月現在で78件にのぼる)でも無罪を主張して全面的に争う構えです。日本にゴーン支持派(盲信・崇拝者)がいるのかどうか不明ですが、レバノンに逃げ帰り安泰だと確信して日本に徴発的言動をとるゴーンが、ペテン師や独裁者のアイドル的トランプの因果応報をどう捉えているのか、是非聞いてみたいと思いました。世界にはびこる独裁者たち(ゴーンも含めて)が、トランプの行動をお手本にして無実を主張するのみで疑惑を覆す証拠は皆無、故に起訴されたのは、自分に対する逆人種差別だと指摘し、司法制度自体を攻撃したり、とにかく自分は被害者と兎にも角にも大統領に返り咲いて、自分に楯突いた機関(FBIや司法省)や起訴に持ち込んだ州司法長官や検事たちに仕返しをしようと必死です。悪いことをしたら、いずれどこかでツケがまわって来るなど、自己愛性ソシオパスには「はー?」なのかも知れませんね?
ハリウッドなう by Meg ― 米テレビ業界の最新動向をお届け!☆記事一覧はこちら
◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。