COLUMNSFILMS/TV SERIES

ディスラプターが粉砕した、瀕死のリニアテレビの方が実は儲かる? ネットフリックスが次々と’売り’を撤回せざるを得なくなった諸事情 覆水盆に返らず!

COLUMNS
HBOの台頭からネットフリックスが配信王となって勝手放題をした結果まで、「Pandora’s Box: How Guts, Guile, and Greed Upended TV」は過去20年余りの激動のテレビ近代史を綴る。

2012年6月〜2018年6月までは、旧サイトのブログで、2018年9月からは現サイトのコラム「ハリウッドなう By Meg」で長らくご愛読いただきましたが、本記事が最後となってしまいました。テレビ評論家として見聞き、体験し、肌で感じたハリウッドを読者の皆様にお伝えしようと、過去11年余り頑張って来ました。遂にその集大成をここに纏めるに当たって、11月27日に発刊となった文化評論家ピーター・ビスキンド著「Pandora’s Box: How guts, guile, and greed upended TV」(パンドラの箱:ガッツ、狡猾、貪欲が如何にテレビを変貌させたか)を読んで再確認した米国テレビ業界史を参考にしました。

ビスキンドは、地上波局の中庸の生ぬるい(品行方正なキャラによる勧善懲悪パターン)ドラマに飽き足りないプレミア・ケーブル局HBOとShowtime(後にベーシック・ケーブル局FXやAMC)が走った一連のアンチヒーロー劇を例に挙げて、制作にあたった局のお偉方やプロデューサー、クリエイター、ショーランナー、ライター、俳優等の歯に衣着せぬ発言で第一章「It’s not television, it’s HBO」と、第二章「Back to Basics」を綴ります。第三章は「Stream or Die」のタイトルの下、ケーブル局に殴り込みをかけたネットフリックスと、アマゾン・プライム・ビデオ、ディズニー+、WBDの戦略に触れ、第四章は、「Back to the Future」なる意味深なタイトルで、次々と’売り’を撤回せざるを得なくなり、ネットフリックスの無敵神話が崩れ去った今、地上波局化/大手映画会社化して中庸の生ぬるいコンテンツしか生み出せなくなり、巡り巡ってストリーミングが登場する以前の状態に逆戻りしたと指摘します。

私がテレビ評論家協会に入会したのが2003年ですから、本著は正に私が身を以て体験したテレビ業界史のおさらいです。ケーブルやプレミア・ケーブル局の出世作/駄作の’今だから言える’秘話や裏話、局とクリエイター/ショーランナーとの関係、局間の醜いせめぎあい/企画の取り合い合戦等が綴られています。プレスツアーでいけ好かない奴!と敬遠していた顔見知りのお偉方の舞台裏(DVや#MeTooで失脚)には、然もありなん!とほくそえんでしまいました。「ピークTV」と言う言葉を生み出した張本人、ベーシック・ケーブル局FXのジョン・ランドグラフCEOも頻繁に引用され、ネットフリックスの買手独占に物申す発言が多々取り上げられています。私のブログやコラムで何度も触れた業界で最も信頼できる(嘘をつかない)ランドグラフには、末長く業界を見守って欲しいと思います。「グッド・ワイフ」(CBS 2009〜16年)のクリエイターのキング夫妻は地上波/ケーブル/ストリーミングで活躍してきた体験を語り、私の好きな「フライデー・ナイト・ライツ」(NBC 2006〜11年)や「ブラッドライン」(ネットフリックス 2015〜17年)等にも言及されていて、目からウロコ満載、思い出が凝縮された312ページは、2004〜23年夏までの過去20年弱に渡る激動のテレビ近代史です。

「ブラッドライン」の一場面。左からジョン・レイバーンを演じるカイル・チャンドラー、ダニー役のベン・メンデルゾーン。配信初年度に、エミー賞ドラマ部門の主演男優、助演男優賞にそれぞれがノミネートされた。(c) Netflix

 

HBOが「OZ/オズ」(1997〜99年)制作に乗り出した1995年に、ソフト開発のスタートアップを7億5千万ドルで売却したリード・ヘイスティングスが、当時押し寄せていたEコマースの波に乗って「○○を売るアマゾン」になって金儲けしようと画策していました。ネットフリックス共同創業者マーク・ランドルフから「スーパーコンピュータの生まれ変わり」と呼ばれた頭脳明晰なヘイスティングスが、1997年、200万ドルのエンジェル(=金は出すが口は出さない)投資して設立したのが、DVDオンライン郵送サービスです。その後、サブスクリプション(定額課金)モデルに切り替え、自らCEOの座に就き、何度も倒産/買収寸前の憂き目に遭いながらも、ブロードバンド普及率が50%となった2007年に、動画配信会社に切り替えました。因みに、HBOの出世作「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」(1999〜2007年)が終了したのも、AMCの出世作「MAD MEN/マッドメン」(2007〜15年)が放送開始となったのも2007年です。

起業に精を出していた頃は、「ベンチャー・キャピタリストのまたたび」と呼ばれるほど引く手数多だったが、ネットフリックスに関与してからは、「感情IQゼロ/共感力ゼロ/社交性ゼロの冷酷非情人間」と言われ、サランドスを右腕にしてテレビ業界を引っ掻き回して、すっかり変貌させてしまったデジタル・ディスラプター。ビデオではなく、他の業界に目を付けて金儲けしてくれれば良かったのに。 Photo; Masatoshi Okauchi/Shutterstock

 

注:HBOやShowtimeに代表されるプレミア・ケーブル局は、サブスクの老舗と呼ぶべき特殊な局です。FCC(米連邦通信委員会)の放送規制はサブスクモデルにはかからないため、放送禁止用語を気にすることなく、エロ・グロ・暴力等、地上波局ではタブーの題材を取り上げ、スポンサーに媚びる必要もなく、クリエイターのビジョンを映像化することができます。

テレビ業界に殴り込みをかけた革命児ネットフリックスの’売り’は、安いサブスクで、好きな時に、好きな場所で、動画コンテンツをコマーシャル無しで「一気見」できることでした。つまり、リニアテレビを根本から覆すことの一言に尽きます。コンピュータオタクのヘイスティングスが、同社のチーフ・コンテンツ・オフィサーに選んだのは、ビデオレンタル店で働いた経験豊かな’映画オタク’テッド・サランドスです。道理で、ネットフリックス幹部の口から、テレビへの熱い想いを聞いたことがない訳です。所詮、デジタル・ディスラプターは最新のテクノロジーを駆使して、既存の業界を根本から覆そうとする革命児で、業界に深い思い入れがある訳でも、業界の仕組み、伝統や不文律等を研究する訳でもありません。データやアルゴリズムを駆使すれば、既存のシステムに’勝る’(これがキーワードかと. . .)新システムを無理矢理にでも創り出せると盲信して革命を起こし、ブルドーザーの如く全てを薙ぎ倒して猪突猛進!がディスラプターです。頭でっかちのヘイスティングスは、ジャーナリストやネットフリックスの元社員からは「感情IQゼロ/共感力ゼロ/社交性ゼロの冷酷非情人間」と批判され、サランドスは、無味無乾燥、薄っぺらな等身大パネルほどの存在感しかありませんが、いずれの行動や発言もトラビス・カラニック(Showtime「スーパーパンプト/Uberー破壊的ビジネスを創った男ー」)級の独裁者を示唆します。

映画オタクと言うだけあって、社の構造も最近では映画部門とテレビ部門を同一にするよう命じた。いやー、それは違うでしょう!と思うのは私だけではない筈。薄っぺらな等身大パネルほどの存在感しかないにも関わらず、テレビ業界を全く理解していない故に、残した傷跡は想像以上に深い。FXのランドグラフCEOの爪の垢を煎じて飲んでもらいたいものだ。いや、もう遅いか? Photo: Image Press Agency/NurPhoto/Shutterstock

 

消費者に動画を直販する最新の配信方法、自社開発のアルゴリズムで会員の好みを分析できる等のテック要素を誇張して、ネットフリックスは僅か6千本の動画で見切り発車しました。シリコンバレー・モデルは、規模、データ、テクノロジー、アルゴリズム、財力を駆使して、市場シェアを拡大拡張し、世界制覇を目指します。そして投資家は、従来の儲けを出す会社に投資するのではなく、赤字でも中小企業をどんどん飲み込んで、お山の大将(買手独占企業)になり得る会社の規模や世界制覇の将来性に賭けます。業績を偽り順調に成長している振りをするだけで、企業評価額がうなぎのぼりになり、投資家や金融機関が次世代のアップルやフェイスブックを求める余り、巨額投資をどうぞ遣って下さいと差し出すからです。そういう意味では、「時代の先端を行くテック会社WeWork」と吹聴して、企業評価額を既存のシェアオフィスの一桁〜二桁単位で釣り上げてユニコーンの仲間入りを果たした、起業家アダム・ニューマン(Apple TV+「WeCrashed〜スタートアップ狂想曲」)と同じです。又、起業秘話が受けて、悪名高きエリザベス・ホームズ(Hulu「ドロップアウト〜シリコンバレーを騙した女」)並みにシリコンバレーの鉄則「できるまでは、できるフリをしろ!」を実践、上場を果たした2002年の時価総額はターゲットの700万ドルを遥かに上回る800万ドルとなりました。しかし、コンテンツを激増させる必要にかられて、成長期に160億ドルの借金を抱えていた事実を見たスティーブン・ソダバーグ監督に、「エンタメ業界のセラノスになるかも?」と言わしめたのは、言い得て妙です。(注:セラノスは、ホームズが創業したメドテック機器開発会社)ヒット作を次々と輩出していかなければならないメディア事業者でありながら、ネットフリックスは米金融業界に加入者数の伸びが成功指標の巨大IT会社だと偽って将来性に賭けさせることに成功しました。

ネットフリックス初のヒット作/出世作は、ご存知「ハウス・オブ・カード 野望の階段」(2013〜18年)です。「マイナーリーグ」「取るに足らない=脅威ではない」「たかがアルバニア軍が世界を征服するなど、あり得ない話!」等と見下していた天下のHBOから奪い盗った大作です。HBOがパイロット版のみで契約を交わそうとしたのに対して、サランドスが同様の政界ドラマ数本(「野望の階段」英国版、「ウェスト・ウィング」、デビッド・フィンチャー監督の過去の作品、ケビン・スペイシー出演作)のデータを分析し、アルゴリズムがヒット間違いなし!と太鼓判を押したことに気を良くして、ドラマの概要だけで、2シーズン確約という前代未聞の離れ技(無謀な?)を披露した結果です。

 

次に「パイロット版制作のコンセプト自体、理解に苦しむ」と豪語して、旧式の方法に拘るHBOを出し抜いたのは、「ブラッドライン」(2015〜17年)です。オリジナルドラマのレッテルを維持して行く為に制作会社ソニーに支払った制作費全額+プレミアの割に、話題にならなかったと、イチャモンをつけて打ち切って、無知や横暴振りを披露しました。ネットフリックスは、「ダメージ」(FX 2007〜10年)で実力を証明済のクリエイタートリオ(ダニエル・ゼルマン、グレン・ケスラー、トッド・A・ケスラー)に、難癖を付け、理不尽な要求を繰り返した挙げ句の果てに、費用がかかり過ぎるとポイと捨てたのです。私は、広告費をケチったことが、最大の原因だと思いますが. . .詳しいことは、2017年に書いた「遂にバブル弾けた?ネットフリックスの相次ぐ打ち切りが引き金?」を参照して下さい。

「ブラッドライン」は配信初年度に、カイル・チャンドラーがエミー賞ドラマ部門の主演男優賞に、ベン・メンデルゾーンが助演男優賞にノミネートされたが、シーズン3で打ち切られた。理由は「投資に見合うほどヒットしなかった」から。「ブラッドライン」の何たるかを理解していない証拠だ。

 

左からトッド・A・ケスラー、ダニエル・ゼルマン、グレン・ケスラー。「ダメージ」のクリエイタートリオがHBOに持ち込んだが、ネットフリックスがオリジナルとして買った「ブラッドライン」。33話で打ち切りとなった苦い経験を語るトッド・A・ケスラー。(c) Netflix

 

「ハウス・オブ・カード」に引き続いてネットフリックスの株価を高騰させた「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」(2013〜19年)のクリエイター、ジェンジ・コーハンに示した「何も知らないので、御教示ください」という謙虚さが長続きしなかったのは、ディスラプターには無用の長物だからです。「『ノー』に慣れっ子になったハリウッドで、『イエス』と言えるチーム作りを目指している」と旧体制を揶揄するサランドスは、海のものとも山のものとも分からない新参者のテック会社は、大枚を叩くことしかないと判断して、法外な高値で片っ端から企画という企画を買い漁りました。

「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」のクリエイター、ジェンジ・コーハンは、「私もネットフリックスと同じディスラプターだから、気が合ったの」と相思相愛の関係だったことを、「Pandora’s Box」で明かしている。

 

こうして、消費者に動画を直販する事に成功したネットフリックスは、「たかがアルバニア軍」から、誰もが脅威を感じる「北朝鮮軍」に豹変しましたが、相変わらずアカデミー/エミー賞狙いを目指す一方で、映画「ハンガー・ゲーム」風の企業文化(殺すか殺されるか?)を反映して、質よりも量を重視する大型量販店と化しました。2016年、ネットフリックスのコンテンツの50%はオリジナルにすると発表してからも、’何をやってんだか〜。自分でも全く分からないけど、ま、何とかなるでしょ’的な行き当たりばったりの経営をし、風見鶏のようにコロコロと方針を変えています。その犠牲になったのが、ドラマ作りに関与するライターやクリエイティブ人間で、長年搾取され続けた結果、ギグワーカーに成り下がって二進も三進も行かなくなったため、今夏の全米脚本家組合(WGA)と全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)のダブルスト決行となった訳です。

ギグワーカーになり下がったライターと、肖像権さえ無料で使われた俳優の怒りが爆発した2023年度のダブルスト。主にネットフリックスの「こんなことやって、うまく行くかどうかも分からないんだけど. . .」に乗って、ドラマ作りに励んだクリエイティブ人間に暗中模索のツケが回って来たからこそ、ストに突入せざるを得なくなった。視聴率公開義務で少しは事態が改善すると思うのは素人。覆水盆に返らず。Photo: Elliott Cowand Jr/Shutterstock

 

 

リニアテレビ業界の神経を逆撫でするネットフリックスのデータ第一主義方針の中で、最もひんしゅくを買ったのは、オリジナル制作開始以来、頑なに視聴率公表を拒み通したことです。視聴率で広告料や番組の更新/打切を決める従来のレガシーメディア(=広告収入依存の地上波局+キャリッジフィー値上げにデータを必要とするベーシック・ケーブル局)を、契約者を増やすことのみが目的のネットフリックスとを比較するのは、「りんごとミカンを比べるようなもので、無意味極まりない」と、サランドスは口を酸っぱくして主張。ビジネスモデル・放送形態・オリジナル制作方法の相違点、更に視聴率の功罪まで指摘して、視聴率という名の「無用の長物」に拘る事に真っ向から挑戦する「ディスラプターの驕り」を貫き通してきました。「世界的ヒット作!」「ネットフリックス史上初の記録樹立!」と自画自賛する度に、データの提示を求められては「面白いドラマを作らなければ、ユーザー数が減る筈だから、契約者数が急減しない限りデータとしてはあがって来ない」「一旦視聴率を発表してしまうと、200万人の視聴者を見越して制作した作品と、3000万人を見越した作品とを比較されるから、数字は絶対に公表しない」「長期投資という観点に立って番組作りをしているから、番組に関与したタレントに失礼にあたる(はー?)」「レガシー局の二の舞にだけはなりたくない」等々、ネットフリックスの手前味噌/屁理屈にはきりがありません。

しかし、2021年2月18日の「青天の霹靂!ネットフリックスが視聴者数を公表 苦肉の策の裏に何があるのか?」でご報告したように、世界的大ヒット「クィーンズ・ギャンビット」の視聴者数を遂に公表すると言う異変が起こりました。その背景には、ネットフリックスに負けてたまるか!と「ジ・オフィス」や「フレンズ」配信権を買い戻して挑戦状に替えたレガシーメディアの意地があったのです。青天の霹靂は、「『クィーンズ・ギャンビット』のようなオリジナルシリーズで充分契約者を繋ぎ止めておけるんだぞ!」と競合サービスを牽制するためにネットフリックスが張った煙幕です。更に、ネットフリックス内の組織替えや人員整理を実施し、コロナバブルが弾けた後に「次々と参入するライバル動画配信会社に、いつ首位から蹴落とされるかの不安を、組織再編のみで和らげることなど無理な話」と社員を不安に陥れました。同時に、サランドスが大枚を叩いて「お抱え」にしたセレブ・ショーランナー(ションダ・ライムズ、ケニア・バリス、ライアン・マーフィー等)が、コアファンしか観ないパッションプロジェクトから、一般受けする作品に移行するように促し、野放しになっていた「創造の自由」の手綱を締めにかかりました。

今夏のWGA/SAG-AFTRAのダブルストは、今後が危ぶまれるエンタメ業界の厳しい現実を露呈しました。「ピークTV」時代が終わり、制作ペースの減速、テレビ業界全体の予算削減や軌道修正を迫られる一方で、赤字を承知で金に糸目をつけぬ買い漁りをして、業界全体のコストを吊り上げては、水増しされたそこそこのドラマを消費者に直販する買手独占ビジネスモデルがもはや通用しなくなったと証明されました。レガシーメディアが生き残りをかけて宣戦布告した「配信戦争」のお陰で飽和状態が生まれ、コロナ禍がもたらしたバブル景気が弾けると、インフレの加速や景気後退に見舞われて、配信王ネットフリックスの契約者数が減少し、株価が暴落しました。以来、金融業界はメディア会社として見直し、キャッシュフローに注目し始めました。そうなると、コンテンツしか売るものがないプラットフォームを運営しているネットフリックスより、ストリーミングの他に、劇場、テーマパーク、消費者向け製品等、収益を多様化する企業に軍配があがるのは当然で、配信は因果な稼業だと露顕しました。

コロナ禍がもたらしたバブル景気が弾けると、インフレの加速や景気後退に見舞われて、配信王ネットフリックスの契約者数が減少し、株価が暴落。以降、金融業界はテック会社とは見なさず、キャッシュフローに注目するようになった。ヒット作を次々と輩出していかなければならないメディア事業者として見て初めて、動画配信事業がいかに因果な稼業であるかが露見した。Photo: Hamara/Shutterstock

 

しかし、配信王ネットフリックスにとって最も辛いのは、二次使用料支払いの土台となる「データの公開」ではないでしょうか?これまで頑なに視聴者数/時間の公開を拒否してきたネットフリックスが情報開示を飲まざるを得なかったのは、WGAやSAG-AFTRAの要求もさながら、契約者数の頭打ちやコスト減と収益増のために導入せざるを得なくなった廉価プラン(コマーシャル入りで限定のコンテンツを視聴できる月6ドル99セントのプラン)には、視聴者データをスポンサーに提示して、広告料を弾き出す必要があるからです。コンテンツを収入源とする必要がないと豪語していた動画配信会社が、サブスク(定額課金)+広告収入に切り替えて、利用者からもスポンサーからも金をとる二本立てに切り替えたり、2017年に「パスワードを共有することが愛の証」のスローガンをかがげておきながら、パスワード共有に課金する等々、’売り’を一つ一つ撤回しなければ商売にならなくなったと言うことです。尤も、ネットフリックスのデータ第一主義方針の盲点は、どれほどアルゴリズムを駆使してレコメンド機能に利用しても、データを直接マネタイズできないことです。尤も、ネットフリックスが監視資本主義(データが人を追いかけて収益に変える)を実践する会社である事に違いはありません。

 

米配信事業者大手が結集し、政府の規制に備える業界団体Streaming Innovation Alliance (SIA)を9月に発足した。アップルとアマゾンの不在は、どう読み取るべきか? streaminginnovationalliance.comより

 

更に、’映画オタク’サランドスが提唱した「一気見」は、初めは中毒症状だとか健康に悪い等と批判される一方、週1回放送で細く長く視聴者を繋ぎ止めるレガシーメディアのドリップ方式に敢えて挑戦するネットフリックスの驕りです。ヘイスティングスもサランドスも「余計なお世話!買ってきた新書を一日に何章読もうと、読者の勝手なのと同じ!」と取りつく島もありません。ヘイスティングスは「ネットフリックスの最大の敵は睡眠」と豪語します。しかし、視聴者を「一気見」に手なずけてしまった以上、今更ドリップ方式に戻すことはできませんし、「ストレンジャー・シングス4」や「ザ・クラウン6」を二部に分割して配信する試みを始めていますが、習慣をなし崩しにするのは至難の技です。広報的にも、経済的にも、番組の寿命的にも得策ではないと業界は指摘してきましたが、HBOのケイシー・ブロイスCEOは、「毎週、シリーズの一話を放送するのは、毎週新ドラマをプレミア配信するよりずっと安上がり」と1シーズンの全話一気リリースが自分で自分の首を絞める行為だと言います。こうして契約者の目を引きつけておかなければ、他にいくらでも「チャーン」(=乗り換え)できる配信飽和状態になった今では、1日に2〜3本新ドラマをプレミアするのは当然のことなのでしょう。それでも、「ネットフリックスには、面白いドラマがない」と嘆く人を沢山知っています。私もその1人で、大人の鑑賞に耐えるドラマが減った分、穴埋めのように登場するのは字幕付きの海外ドラマや映画、セレブやスポーツ選手が作った手前味噌のドキュメンタリーもどき、アニメ作品、YAもの。それもその筈。巨大IT会社アップルの配信市場参入で、これまで買手独占を満喫していたネットフリックスも、最早企画の買い漁り、買い溜めをすることができなくなったからです。雑魚(地上波局ー失礼!)がイワシ(プレミア・ケーブル局)に食われ、イワシがアシカ(ネットフリックス)に飲み込まれ、そのアシカを丸呑みにしたのがクジラ(アップル)と想像してください。しかし、最も情けないのは、いくらお金を積んでも、アルゴリズムを駆使して分析しても、秀作を生み出す事は至難の技だと言う事実です。

クジラには到底太刀打ちできないと悟ったヘイスティングスとサランドスは、何故か(?)映画会社になるしか手がないと判断したと言います。ヘイスティングスは此の期に及んで「ハリウッドから学ぶ事は山ほどある」とうそぶき、「創造力の墓場」であるフランチャイズ化に目をつけています。この方向転換の証として、ディスラプター時代の担い手、18年余りサランドスの下でコンテンツ担当副社長として「ハウス・オブ・カード」〜「クィーンズ・ギャンビット」を世に出したヒットメーカーのシンディー・ホランドを2020年9月、首にした上で、PG-13で大衆受けする映画を年間60本制作するのだ!と息巻いています。テレビは御多分に洩れず、安上がりな柳の下のドジョウ狙いです。「SUITS/スーツ」(USA 2011〜19年)が意外にも大ヒットしたので、「リンカーン弁護士」(ネットフリックス 2022〜現在)のような弁護士シリーズが希望とか。あっちでもこっちでもフランチャイズ旋風が吹き荒れていると言うのに、流石のディスラプターも長い物には巻かれろと、忌み嫌っていた旧体制レガシーメディアの仲間入りを果たすようです。いや、単に儲け主義一点張りなのでしょう。

但し、IPを持たない動画配信会社が最新の苦肉の策として走るフランチャイズ猛ラッシュには難点があります。リニアテレビ事業者は、シリーズを何シーズンも続けて80〜100話に達した時点で、他局に再放送権を売ること(=シンジケーション)で制作費を取り戻し、利益を出してきました。今夏、ネットフリックスが「スーツ」を配信して、「スーツ」の存在さえ知らなかった世代が発見して人気が爆発し、「ネットフリックス効果」を発揮しましたが、番組のクリエイターはNBCユニバーサルでコンパニオン・シリーズを制作すると発表しました。残念ながら、ネットフリックスでは、配信しないとか. . .これは、シンジケーションの例ではありませんが、ネットフリックスが社内で○○ユニバースをいくら拡散・拡大しても、再放送権を売れないのでは、フランチャイズの意味がないと思うのですが. . .「ハウス・・オブ・カード」は無理としても、「ザ・クラウン」なら地上波局で放送しても充分通用すると思いますが、ネットフリックスのオリジナルのレッテルが泣くような(何しろ、シーズン1は一話につき1300万ドルを費やしていますから)事はしないと思います。一話にこれほどの制作費をつぎ込んで、再放送権を売れないなんて、宝の持ち腐れではないでしょうか?

リニアテレビ業界とストリーミングの境界線がなし崩しになり、旧体制、特に地上波局でHBO風のドラマが生まれたり、ストリーミングがメインストリームを目指すようになったりと、摩訶不思議な化学反応が起こります。そして、この複雑な業界を航海するためには、地上波局やケーブル局で長年培った経験、知識、コネが船長に求められるようになり、業界のベテランが舵を切るようになれば、ネットフリックスでさえスポンサーの要求に応じてコンテンツを変えなければならない日がやって来るかも知れません。

私がこよなく愛して止まない嘗てのリニアテレビ業界(地上波局、ケーブル、プレミア・ケーブル局)は、シリコンバレー・モデルの無知、無謀、狡猾な操作、儲け主義一点張りの支配体制に根こそぎ薙ぎ倒されて、今や青息吐息です。「ハリウッドレポーター誌」は、ハリウッドを動かす経営陣が、いずれはアップル、アマゾン、ネットフリックスの大手3社+アルファ(例として、NBCユニバーサル+ワーナー+パラマウントが合併してやっと一人前に競合できる規模のSVODとして挙げられています)の計4社に淘汰されるであろうと見越しています。一方、ビスキンドは、4大ネットワークに代わって、5大ストリーマーとしてネットフリックス、ディズニー+、アマゾン・プライム、アップル+、マックスが残り、アンチヒーローが登場する前のコマーシャル付きの地上波局時代に戻ると予測しています。スポンサーがコンテンツに口出しするようになり、内容はアンチヒーローだらけの世知辛い現実から逃避させてくれる、地上波局お得意の勧善懲悪になると言うのです。えー!!!リニアテレビが消え行くのは覚悟していましたし、放送が配信に代わっても、巡り巡って元通りになるのなら、ディスラプターに引っかき回されて苦しんだ20年を返して欲しいものです。

どのストリーマーが生き残るかは、人によって意見はまちまち。アップルの巨大さを考えるとディズニー購入は充分考えられるので、ハリウッドを動かす経営陣が、将来アップル、アマゾン、ネットフリックスの大手3社+アルファになるだろうと言うのが正しいかと. . .しかし、アマゾン・プライムがビデオ部門を売りたがっていると言う話も聞く。いずれにせよ、血も涙も無いテック会社に牛耳られる世界をビスキンドは「Nothing, everywhere, all the time」(意味:駄作をいつでもどこでも)だと予想する。何と情けない!Photo: Top_CNX/Shutterstock

 

2006年、HBOに先見の明があって、20億ドルでネットフリックスを買収していたら、今どうなっていただろう?と考えると、悔し涙が出て来ます。老舗HBOが牛耳る世界の方が、血も涙もないデジタル・ディスラプターに乗っ取られた世界よりは、まだマシだからです。覆水盆に返らずとは正にこの事です。

コラム「ハリウッドなう By Meg」の連載は今回にて終了となります。長きにわたる応援、ご愛読ありがとうございました! そして著者のMeg Mimura様、米ロサンゼルスから毎回、タイムリーで興味深く、示唆に富むコラムの数々を届けていただきありがとうございました!(tvgroove 編集部一同)
tvgrooveをフォロー!