“他人からの扱いによって自身の尊厳を奪われた”と感じたことがあるだろうか。もしくは、無意識の間に自身の尊厳を折られている人はいないだろうか。いつの時代もこの世には、心無い言葉・行いがあふれている。ある国・人種からほかの国・人種へ。立場が上の者から下の者へ。男性から女性へ。逆にいわゆる“強者女性”から“弱者男性”へというパターンもあるだろう。他人の心無い言動・行動によってどこかで自尊心を折られ、諦め、卑屈になり、慣れてしまったような感覚で、累積した不幸の重みにギリギリの状態で日々を繋いでいる人はいないだろうか。
そんな、“不当に自分を奪われた人々”への、力強く輝く応援歌。それが2月9日(金)に公開となったミュージカル映画『カラーパープル』だ。
【動画】『カラーパープル』予告編
『カラーパープル』あらすじ
優しい母を亡くし横暴な父の言いなりとなったセリーは、父の決めた相手と結婚。自由のない生活を送っていた。さらに、唯一の心の支えだった最愛の妹ネティとも生き別れてしまう。そんな中、セリーは自立した強い女性ソフィアと、歌手になる夢を叶えたシュグと出会う。彼女たちの生き方に心を動かされたセリーは、少しずつ自分を愛し未来を変えていこうとする。そして遂に、セリーは家を出る決意をし、運命が大きく動き出す--。(公式より)
“ミュージカル化”以外は、ほぼ忠実に
ピューリッツァー賞も受賞した書籍「カラーパープル」。今作の最初の映画化は、1985年のスティーヴン・スピルバーグ監督版だ。そしてそれがミュージカルとして生まれ変わったのが今回の『カラーパープル』。製作にスピルバーグが名を連ねていることもあり、1985年版に大きなアレンジは加えていない。大まかな流れは1985年版に非常に忠実に作られている。
製作には1985年版でソフィアを演じたオプラ・ウィンフリーもいる。さらにセリーを演じたウーピー・ゴールドバーグは今回カメオ出演をしている。そうして前回の映画に携わった人々立ち会いのもと、演技・歌唱力ともに実力を備えた現代の豪華キャストが集まった最高布陣のリメイク作品だ。
実力派キャスト、集結
セリー役にはファンタジア・バリーノ。ブロードウェイ(舞台ミュージカル)版でもセリー役を演じてきた手練のシンガー兼俳優だ。シュグ役にはタラジ・P・ヘンソン(『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』)。アカデミーノミネート経験もある彼女が圧倒的な存在感と歌唱力を発揮する。ソフィア役はブロードウェイ版で注目を集めたダニエル・ブルックス。彼女はこの役によって、数々の賞レースで助演女優賞にノミネートされている。
加えて横暴な男性“ミスター”役にはコールマン・ドミンゴ。彼は今年のアカデミー賞で主演男優賞(『ラスティン』)にノミネートされ、こちらも実力派だ。さらにハーポ役にコーリー・ホーキンス(『イン・ザ・ハイツ』)、スクイーク役には25回のグラミー賞ノミネート経験のある歌姫H.E.R.など、挙げればキリがない。そして若年期のネティ役には“実写版アリエル”ことハリー・ベイリーが抜てき。なんと自身の手でオリジナル楽曲を手がけた。
このような豪華キャストがそろい、どこを切り取っても魂に響く演技と歌声がスクリーンを支配する作品ができた。逆に豪華すぎてH.E.R.の歌唱シーンがごくわずかという贅沢な結果にすらなっている。(個人的にはH.E.R.のパフォーマンスも楽しみだったので少し寂しい点ではある。)
セリーの人生は“歴史となった過去”ではない
“攻撃的な言葉の呪い”は強い。インターネットが発達してさまざまな意見に平等にアクセス可能な現代でさえ、10回の「君はすごい」に1回の「お前はダメだ」が勝ち、“自分はダメなのだろうか”と心が揺らぐこともあるだろう。ましてや『カラーパープル』の舞台は1900〜1920年代だ。権力のある者やマジョリティが発する言葉がどれほどの“弱者”を生み出して来たのだろう。
女が言うことを聞かないなら、ぶてばいい。黒人が騒いでいるなら、きっと黒人が悪い。容姿の劣る者に大した価値などない…。吐き気を催すほどに不快な考えだが、この映画が描く時代、これが当然のようにまかり通っていたのだ。そして、それがまかり通っていたのは果たして「この映画の時代」だけだろうか。
2024年。残念ながらいまだに、自分の思い通りにならない相手に暴力を振るう人間がいる。国や人種で他人をジャッジする人間がいる。そして“容姿こそすべて”という考えに取り憑かれている人間もいる。その価値観を一身に浴びている人々がいる。今も、そこら中にセリーはいるのだ。
“これは不当な扱いだ”という気づき
セリーは自分が女性という立場にありながら、「女が言うことを聞かないなら、ぶてばいい」と発言してしまう。つまり女性が虐げられる時代の価値観に洗脳されているのだ。そこでセリーはソフィアの怒りを買う。力強いソフィアの「そんなの、まっぴらごめんだ」という価値観に出会う。
ソフィアやシュグとの出会い、そして様々な経験がセリーの価値観をアップデートし、“自分が受けてきた扱いが不当だ”という気づきを得た。この気づきがなかったら、セリーは何も変わらなかっただろう。この“気づき”に出会えず、“女性が自由に意見をしてはいけないんだ”“自分は醜いからひどい扱いを受け入れなければならないんだ”…そんな風に考えている人々はきっと大勢いる。
セリーに“気づき”を与えたソフィアの存在は大きい。そしてこの映画『カラーパープル』自体が、世の人々へ同じ“気づき”を与えられる作品だ。少しでも多くの“自尊心を折られた人”に今作が届くことを願う。
宗教や国を超える普遍性
今作はゴスペルなども多く、宗教色の強い部分もある。しかし、自尊心の折られた人が力強く立ち上がっていく姿を描くこの内容に、宗教や国など関係ない。映像の中の人々がどんなに我々とかけ離れた暮らしや文化の中にいようと、物語の芯は我々のそばにあった。誰が見ても感動できる物語となっているはずだ。
確かな原作・リメイク元をベースに、豪華キャストの圧倒的な歌声とわかりやすく心に刺さる内容によって観る者の心を奮い立たせる力強いミュージカル『カラーパープル』は2月9日(金)から公開中。
映画『カラーパープル(2023)』作品情報
製作:オプラ・ウィンフリー、スティーブン・スピルバーグ、スコット・サンダース、クインシー・ジョーンズ
監督:ブリッツ・バザウーレ
原作:アリス・ウォーカー
出演:ファンテイジア・バリーノ、タラジ・P・ヘンソン、ダニエル・ブルックス、コールマン・ドミンゴ、コーリー・ホーキンズ、H.E.R.、ハリー・ベイリー他
原題:Color Purple
配給:ワーナー・ブラザース映画
上映時間:141分
© 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
公式HP:colorpurple.jp
#映画カラーパープル
フリーライター(tvgroove編集者兼ライター)。2019年に早稲田大学法学部を卒業。都庁職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)においても映画に関する発信を行いながら、YouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」にて映画情報・考察・レビュー動画などを配信したり、映画関連イベントの企画・運営も行っている。