ヒーロー映画といえば、すぐ思い浮かぶのは“スーパーヒーロー映画”。あるヒーローは怪力で銃も効かない。あるヒーローは空を飛び回る。いわゆる“スーパーパワー”を手に入れたヒーローたちだ。そして、スーパーヒーローといえばアメコミだ。しかし、世間も少し、“アメコミ映画疲れ”してないだろうか。「一般人がすごい能力を手に入れて世界を救う!」そんな映画に飽きてはいないだろうか。そんな人にこそ観て欲しい、“いつもと違うアメコミ映画”が2月23日(金)に日本公開となる『マダム・ウェブ』だ。
『マダム・ウェブ』レビュー/キャラクター紹介
『マダム・ウェブ』あらすじ
ニューヨーク。救急救命士として働くキャシー・ウェブは、一人でも多くの命を救うため日々奮闘していた。
ある時、救命活動中に生死を彷徨う大事故に巻き込まれてしまう。 それ以来、キャシーはデジャブのような奇妙な体験を重ねる。 自分に何が起きているのか戸惑うキャシーだったが、偶然にも出会った3人の少女たちが、黒いマスクの男に殺される悪夢のようなビジョンを見てしまう。
それが未来に起きる出来事だと確信したキャシーは、少女たちを助けることを決意。未来が見えるという不思議な力を使い何度も危機を回避するが、謎の男はどこまでも追ってくる…。男の目的は一体?なぜ執拗に少女たちを追うのか?
やがて明らかになる、少女たちの“使命”とキャシーの能力の秘密。
少女たちを守る先に、彼女が救うことになる“未来”の正体とは――?(公式HPより)
『マダム・ウェブ』の魅力
物理的な能力を持たない“ヒーロー”
そもそも“ヒーロー(英雄)”とは何か。自分を投げ打って他人を助ける正義の心と勇気。そして責任感。それらを持ち合わせた人物が“ヒーロー”といえる。
まず今作の主人公は、アメコミ映画の主人公として非常に珍しい存在だ。キャシーは未来を先に経験することはできる。しかしそれを任意のタイミングに行えるわけではない。さらに、彼女に物理的な戦闘力は一切ないのだ。過去のマーベル映画を振り返っても、“主人公に戦闘スキルがまったくない”というパターンはない。
キャシーからクモの糸は出ないし、怪力もない。彼女は空も飛び回れないし素早くもない。しかし、それでも『マダム・ウェブ』は紛うことなき“ヒーロー映画”だ。今作では、他人に無関心な女性キャシーが、“ヒーロー”になっていく過程を明確に描いている。観客は“ヒーロー誕生”を目の当たりにすることになる。
アメコミ映画の新たな可能性
アメコミ映画といえば、観客が想像するのは怪物のような力を持った悪役やモンスターに、ハデな能力で立ち向かうアクションSF/アクションファンタジーだろう。しかし、今作はその点がひと味違う。主人公の能力が戦闘向きではないのは前述のとおり。そしてそもそもサスペンス・ミステリージャンルの映画として作られているのだ。
アメコミらしい要素やSF/ファンタジーチックな設定はありながらも、戦闘ではなく思考をメインにストーリーを構築できるという可能性を見せた今作は、これまでの“アメコミ映画”に飽きてきた世間に、“アメコミ映画のさらなる変容”を期待させてくれる。
スパイダーマン要素(“ウェブ”、大いなる力と責任)
前述のとおり、“アメコミ映画らしさ”はかなり抑えめの今作だが、SSU(ソニー・スパイダーマン・ユニバース)の1作として位置付けられている。そんな今作には“スパイダーマン”への目くばせを感じられる部分が用意されている。
まずウェブ(網/くもの巣)。やはり想起させるのはスパイダーマンが手から放つ“スパイダー・ウェブ”だ。今作ではそれが人々や出来事を引き寄せる“つながり”として描かれている。
さらに、スパイダーマンの名言といえば、「大いなる力には大いなる責任がともなう」。ここではネタバレしないが、『マダム・ウェブ』ではこの言葉を意識した会話が登場するため、そこにも注目いただきたい。
ダコタ・ジョンソンと若手女優たち
ダコタ・ジョンソンが主人公キャシー・ウェブ役だというのも熱いところ。「フィフティ・シェイズ」シリーズや『サスペリア(2018)』の学生役もあり、ダコタにはなんとなく若者役のイメージが強くついていた。しかし彼女も気づけば34歳。立派に若手を引っ張る年齢になっている。そんな彼女が、新進気鋭の若手女優たちを率い、守る。その姿がまた感慨深い。
「ユーフォリア」のシドニー・スウィーニー(26)が演じるのはジュリア。内気なメガネ女子役だが、そのオーラは隠れていない。『スイートガール』のイザベラ・メルセド(22)が演じるのはアーニャ。貧困暮らしの中でひとりで生きる強気な少女を熱演している。『ゴーストバスターズ/アフターライフ』のセレステ・オコナー(25)はマティ役。疎遠な親にお金だけ与えられてひねくれた少女だ。
そんな若き才能たちをダコタ・ジョンソンが率い、絆を深め、“大いなる力と大いなる責任”を持つヒーローになっていくその姿は感慨深く、それぞれ孤独な女性たちが関係を構築していく“心の旅”が、今作の魅力であることは間違いない。
今作に期待してはいけないこと
ハデなアクションシーン/壮大な世界観
先のとおり、今作はアクションやSF/ファンタジー的な世界観を武器としていない。アメコミ映画だからといってハデなバトルシーンや壮大な世界観を期待していくと、確実に肩透かしを食らった気分になるため、最初からそこには期待せずに観に行っていただきたい作品だ。
※これ以降の内容は、コミックのネタバレ注意
コミックへの忠実さ(キャラクター紹介)
マーベル・コミックにも「カサンドラ・ウェブ」(※)というキャラクターは登場。しかし一番よく知られる“カサンドラ・ウェブ”は“車椅子に乗る盲目の老婆”だ。もし他のスパイダーマン映画とユニバース的なつながりを今後持つとすれば、そもそも年齢の時点で大きく異なる。
※キャシーは略称であり、キャシー・ウェブの本名はカサンドラ・ウェブ。
シドニー・スウィーニー演じるジュリア(・カーペンター)はコミックでは2代目スパイダーウーマンであり、カサンドラ・ウェブ亡き後にマダム・ウェブの能力を授かることになる。イザベラ・メルセド演じるアーニャ(・コラソン)は“スパイダーガール”としてジュリアのコスチュームを引き継ぐ存在だ。そしてマティ(・フランクリン)は3代目スパイダーウーマンである(※)。
※なお、原作における初代スパイダーウーマンはジェシカ・ドリュー。『マダム・ウェブ』には登場しない。
それぞれに元ネタは存在するが、コミックとは大きく異なる描かれ方をする点には注意。といっても、アメコミ映画が原作に忠実な方が珍しいので、そこに期待しているファンの方が少ないとは思う。
コミックへのキレイな寄せ方
前述のとおり、“マダム・ウェブ”には元ネタが存在する。そのため、映画にはある程度元ネタに寄せるための演出が用意されている。ただ、その“原作に寄せる演出”に関しては少し無理矢理感があり、言葉を選ばずに言えば“雑”な印象を受ける。もう少しそういった演出に関しても、うまくドラマ性を持たせられたのではないかという惜しさは感じたのが本音だ。そこは先にお伝えすることで、今後観る方のガッカリ感を少しでも緩和できればと思う。
サスペンス/ミステリー系のアメコミ作品としての側面、女性たちの絆を深めていくロードムービー的な側面に関してとても楽しめる映画であるからこそ、“無理な原作寄せ”にはもったいなさがある。
レビューまとめ
“アメコミ映画”の定義を広げる可能性を提示した『マダム・ウェブ』。アメコミらしい設定を、ミステリー/サスペンス色で楽しめると同時に、ダコタ・ジョンソンが若手女優たちを引っ張る頼もしさを見せてくれる女性たちの友情・絆物語だ。そして、戦闘能力はないが物語はれっきとした“ヒーロー誕生映画”。だからこそ原作要素の取り入れ方には少しもったいなさは残るが、“元よりアメコミ映画らしさに期待しない”というスタンスで楽しみにいけば、このひと味違うアメコミ映画『マダム・ウェブ』をきっと楽しめるだろう。
映画『マダム・ウェブ』は2月23日(金・祝)日本全国で公開。
フリーライター(tvgroove編集者兼ライター)。2019年に早稲田大学法学部を卒業。都庁職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)においても映画に関する発信を行いながら、YouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」にて映画情報・考察・レビュー動画などを配信したり、映画関連イベントの企画・運営も行っている。