忘れられない“恋”はあるだろうか。それが片想いか交際かにかかわらず、「あの人と一緒になっていたらどうなっていたか」と想像するような相手はいるだろうか。そんな相手がいるすべての人が共感できる、切ない傑作恋愛映画が公開される。4月5日公開のA24最新作『パスト ライブス/再会』だ。
『パスト ライブス/再会』レビュー
【予告編】『パスト ライブス/再会』
『パスト ライブス/再会』あらすじ
ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソン。ふたりはお互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ 離れになってしまう。12年後24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を歩んでいたふたりは、オンラインで再会を果たし、お互いを想いながらもすれ違ってしまう。そして12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた。ヘソンはそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れる。24年ぶりにやっとめぐり逢えたふたりの再会の7日間。ふたりが選ぶ、運命とはーー。(公式HPより)
『パスト ライブス/再会』レビュー
第96回アカデミー賞で最高賞である作品賞および脚本賞にノミネートされた今作。第81回ゴールデン・グローブ賞でも作品賞、監督賞、主演女優賞(ドラマ部門)、脚本賞、外国語映画賞の5部門にノミネートされた傑作が、ついに日本で公開となる。
今作が描くのは、どこまでもリアルな“縁”の物語。この恋愛映画は、まさに“恋”と“愛”を描いているように思える。
関係は変わっても、人生からは消えない人がいる
学生恋愛と、いくつかの恋愛を経験した後の大人の恋愛は、少し違うと思う。学生時代、恋人と別れて新たな相手ができれば、「元カレ・元カノの写真は絶対消す」なんてことはよく耳にしたものだ。恋人は自分だけのものでなければならないし、自分は恋人だけのものでなければならなかった。しかし、大人になるとその感覚は少し変わる人もいるのではないか。過去は過去で、かけがえのない人生の1ピースだ。
【現在の自分が現在のパートナーだけの特別な相手。現在のパートナーが現在の自分だけの特別な相手】。それが一般的に<交際・結婚>という関係を成立させる大切な約束事のようなものであり、それに背けば浮気・不倫としてトラブルのもとになるし、それを良く思う人は少ない。
しかし、相手の現在はともかく、相手の過去までは自分のものにはならない。過去、たとえば学生時代から長く交際した後に道を別にした元恋人といった存在は、現在に続く当人の人物像を作り上げた大きな1つの要素であり、その影響は0にはならないだろう。彼・彼女たちをなかったことにすることはできないし、する必要もない。一度でも長く、または深く結ばれていた元恋人という存在は、現在“恋人・配偶者”という関係でないとしても、もし今関わりがなくなっていたとしても、他の“知人・友人”と同じとはいえない、ある種の“特別な存在”であることは間違いない。
今作におけるノラとヘソンは、恋人だったことはないのだが、お互い惹かれ合った“特別な幼馴染”として描かれていて、そんな“過去を共にした特別な相手”との関係を描くのがこの映画だ。
“一方的に破られてはいけない”というルール
当然のように“特別な存在”という言葉を使ったが、“特別な存在だけど恋人・配偶者ではない”という関係性は、<運良く双方がその関係に落ち着こうと思えた時>だけに成立するものである。一方的に押しつけようとすれば、破綻してしまうものだ。
「あの人とそのまま恋愛を続けたらどうなっていただろう」といった想像は誰もがし得るだろうし、それで一時的な切ない感情になることもあるだろう。それは現在の相手を選んだ人生を否定することではなく、並行して起こりうる感情だと思う。
しかし、それを片方だけが“美しい過去”にしていて、もう片方は“現在進行形”だったら。そんな切なく、残酷なドラマが、リアルに胸を締め付けるのが『パスト ライブス』だ。
(※ちなみに筆者は現在のパートナーと、お互いの長年の元恋人の思い出話を聞き合って、お互いにエモーショナルになって慰めあって笑ってしまうという不思議なシチュエーションを経験したことがある。もちろんこれは互いが似た境遇で理解がある場合だからこそ成立したものだが、ゆえに今作は筆者の心に深く刺さったし、同じような感情を持ったことのある多くの人に刺さると確信している。)
“恋”と“愛”のすれ違い
よくいわれるのが、“恋は相手に求めるもの、愛は見返りなしに与えたいもの”。ヘソンはずっとノラに恋心を抱いているように思える。ひとりで埋められない何かをノラに求め、諦めなければならない状態をわかっていても、どうしても直接確かめたくなってしまったのではないか。
ノラのヘソンへの思いはもっと複雑だ。今は愛すべき夫がそばにいる。だから、ヘソンに何かを求めるわけにはいかない。いや、求めてはならない。その点でノラからヘソンへの明確な“恋心”はない。または多少あったとして出さない。
しかしノラにとってのヘソンも“特別な存在”であることは変わらない。恋はなくとも確実な“愛”はそこにある。大切にしたい“愛する”相手であることは変わらないから、邪険にはできないししたくもないのだ。愛するからこそ傷つく姿を見たいわけはない。しかし、ヘソンの気持ちは明らかで、傷つけないことも難しい。その複雑なシチュエーションのもどかしさ・切なさは大きく共感できるものだし、それにグレタ・リーの演技が説得力を持たせている。
<縁(イニョン)>の概念
今作で語られるのは韓国の言い伝え<縁(イニョン)>。「見知らぬ人とすれ違ったときに、袖が偶然触れるのは、前世(PAST LIVES)でふたりの間に“縁”があったから。縁が幾重にも積み重なって、人々は結ばれるのだという。
もしかしたら前世で…来世では自分たちは…。そんな風に考えながら、それでも今世では結ばれていない事実は目の前にある。なんと切なく沁みるコンセプトだろうか。
ずっと頭の片隅にいた相手に突然触れてしまった2人の反応には、「監督の体験談をもとにしている」というだけあるリアリティが存在し、胸を締め付けられる思いで見入ってしまう。
アーサー(ジョン・マガロ)の表情にも注目
36歳のノラと結婚しているアーサー。今作はノラとヘソンの物語に見えて、実は彼もかなりのキーパーソンだ。アーサーの苦悩がよく表れるシーンは多くはないが、印象的なのは“夢”について語るシーン。そして冒頭と終盤にある3人で一緒に過ごすシーンだ。
彼はノラを愛し、ノラも彼を愛しているが、“母語”という壁があるアーサーがヘソンとノラを見つめる視線には見ているこちらが先に泣きたくなってくる切なさがある。アーサーを演じたジョン・マガロの演技も間違いなく、今作のエモーショナル面に深く貢献している。
彼らの関係を強調する美しい撮影
そして今作を常に洗練された、かつ温かく心を描き出す作風に仕上げているのが撮影。光や街並みを美しく切り取りながら、常に主人公たちの心情に優雅に寄り添うようなカメラの動きには見惚れてしまう。
たとえば場面写真としても出回っているこのシーン。ふたりは向き合っていてこんなにも近くにいるのに、鉄柱がふたりの間を隔てている。こんな1カット1カットで、そのもどかしい関係性をサブリミナル的に訴えかけてくれる撮影も多いので、ぜひそこにもご注目いただきたい。
“誰かに/誰かと恋した過去”を持つ誰もが共感できる、あなたの物語『パスト ライブス/再会』は、2024年4月5日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国公開 。
レビューまとめ
忘れられない相手がいる誰しもが共感できる『パスト ライブス/再会』。なんとも切なく、そして温かい<縁(イニョン)>をコンセプトに大人の恋愛を描く今作では、愛はあれど恋はできないふたりと、それを見つめる夫、3人全員のリアルなもどかしさを見事な演技や心に寄り添うような撮影の工夫で描き出した傑作だ。
同日公開の注目作の紹介・レビュー記事はこちら
『パスト ライブス/再会』作品情報
<STORY>
ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソン。ふたりはお互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ 離れになってしまう。12年後24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を歩んでいたふたりは、オンラインで再会を果たし、お互いを想いながらもすれ違ってしまう。そして12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた。ヘソンはそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れる。24年ぶりにやっとめぐり逢えたふたりの再会の7日間。ふたりが選ぶ、運命とはーー。
監督/脚本:セリーヌ・ソン
出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ
2023 年/アメリカ・韓国/カラー/ビスタ/5.1ch/英語、韓国語
字幕翻訳:松浦美奈
原題:Past Lives
106 分/G
提供:ハピネットファントム・スタジオ、KDDI
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2022 © Twenty Years Rights LLC. All Rights Reserved
公式サイト
公式X:@pastlives_jp
フリーライター(tvgroove編集者兼ライター)。2019年に早稲田大学法学部を卒業。都庁職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)においても映画に関する発信を行いながら、YouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」にて映画情報・考察・レビュー動画などを配信したり、映画関連イベントの企画・運営も行っている。