ホアキン・フェニックスらが『関心領域』ジョナサン・グレイザー監督を支持。
150人以上のユダヤ系クリエイターが、ジョナサン・グレイザー監督のアカデミー賞でのスピーチを支持する公開文書に署名した。公開文書には俳優のホアキン・フェニックス(『ジョーカー』)、デブラ・ウィンガー(『愛と青春の旅だち』)、デヴィッド・クロス(「ブル〜ス一家は大暴走!」)、映画監督のトッド・ヘインズ(『キャロル』)、ジョエル・コーエン(『ファーゴ』)、ブーツ・ライリー(『ホワイト・ボイス』)、レニー・アブラハムソン(『ルーム』)、ニコール・ホロフセナー(『地球は優しいウソでまわってる』)などの著名人を含む151名の署名が寄せられた。
「戦争に沈黙している現在の風潮に反対」
複数の署名者の代理人にコンタクトを取ったというVariety誌によると、署名者のイラーナ・グレイザーは「この文書に署名したのは、イスラエル・ガザ地区の戦争がすでに7ヶ月目に突入している中で、職場や業界の多くが沈黙しているという現在の風潮に反対するため。ジョナサン・グレイザーを巡るこの論争はほんの一例に過ぎない」と、戦争への沈黙に反対する意志を説明した。
また、元フォーカス・ピクチャーズCEOのジェームズ・シェイマスは「ジョナサン・グレイザーのアカデミー賞での受賞スピーチから数週間が経つが、今週起きたワールド・センター・キッチンの支援スタッフ7名の殺害という恐ろしい出来事、そして数え切れないほどのパレスチナ市民の殺害を思うと、彼の人道的な訴えはより緊急なものになっている。同様に、ユダヤ系クリエイターとして、彼に対する悪意のある中傷キャンペーンに抗議する義務も増している」と、エスカレートする悲劇に抗議する姿勢を示した。
ジョナサン・グレイザー監督の物議を醸したスピーチとは
ジョナサン・グレイザー監督がホロコーストを独自の視点で描いた映画『関心領域』(日本では5月24日に公開)が3月10日のアカデミー賞授賞式で国際長編映画賞を受賞した際、監督はスピーチで継続的な中東の紛争に言及した。
グレイザーは、「我々の選択はすべて、現在の我々を省み、向き合うために行われました。目的は彼ら(ナチス)が当時何をしたかを見せることではなく、今我々が何をしているかを見せることです。我々の映画は、最悪の状況において、人間性の喪失が人をどこへ導くかを示しています。それが我々の過去と現在を形作っているのです」とスピーチ。『関心領域』はナチスを描きながら、過去ではなく現在の世界への訴えかけを行う作品だと説明した。
続けて彼は「今、我々は、自分たちのユダヤ人としてのアイデンティティやホロコーストが、多くの無実の人々対して紛争を引き起こした占領行為によって乗っ取られていることに異議を唱えるためにここに立っています。10月の、10月7日のイスラエルでの犠牲者や、継続的な攻撃によるガザでの犠牲者、この失われた人間性による犠牲のすべてに、我々はどう立ち向かうべきでしょうか」と問いかけ、“ユダヤ人”やホロコーストの記憶が中東の戦争によって捻じ曲げられることに反対した。
ジョナサン・グレイザーのスピーチに対して賛否両論が生じる
彼の発言は賛否両論を呼ぶことになった。3月18日のこと。公開文書では1,000人以上のユダヤ系クリエイターらが当スピーチを「世界中で反ユダヤ主義が助長される」として非難した。それに対して反応したのがケン・ローチ監督ら。彼らはグレイザーの発言を「勇敢」で「莫大な価値がある」と評価。彼を擁護するスタンスを示した。
ちなみにグレイザーはまだスピーチへの反対運動に公式な対応を行っていない。しかし監督は今週初め、ガザ支援のために医療支援を募る「Cinema for Gaza」のオークションに『関心領域』のサイン入りポスター7枚を寄付することで支援の意思を示している。
公開文書「グレイザーへの攻撃は業界に沈黙を強いる」
今回発表された公開文書では、「我々は、2024年アカデミー賞でのジョナサン・グレイザーの声明を支持するユダヤ人のアーティスト、映画製作者、作家、プロのクリエイターである。我々は業界の同胞の中に、彼の発言を誤解し非難する人々がいることに驚いている」。そうグレイザー反対派に反応した。
続けて「彼らによるグレイザーへの攻撃は、すでに32,000人以上のパレスチナ人を殺害し、何十万人もの人々を飢餓の瀬戸際に追いやったイスラエルのエスカレートする軍事行動からの注意をそらす危険なものだ。我々は、何十年もの間、パレスチナとイスラエルで殺害された人々、10月7日のハマスの攻撃で殺害された1,200人のイスラエル人、人質に取られた253人、全ての犠牲者を悼んでいる」。こうして文書は紛争への反対を表明。
さらに、「グレイザーに対する攻撃の影響は、我々の業界に沈黙を強い、我々の業界が大切にすべき要素である言論の自由や異議申し立てを抑圧する風潮を助長している。グレイザー、トニー・クシュナー、スティーヴン・スピルバーグ、およびさまざまなバックグラウンドを持つ数え切れないほどのアーティストが、パレスチナ市民の殺害に抗議している。我々は誰しも、“反ユダヤ主義を煽る”などと誤った非難を受けることなく、同じ抗議を行うことができるはずだ」と、グレイザーへの攻撃がお門違いであるとのスタンスを明示した。
公開文書「ホロコーストの記憶を尊重し、『二度と起こさせない』と声を上げる」
さらに「アウシュヴィッツ記念館館長のピョートル・M・A・チヴィンスキ博士が書いたように、『(『関心領域』は)ホロコーストを描く映画ではない。今作は主に人間性とその本質についての深い警告だ』。この警告を1つのグループだけに当てはめるべきではない。我々の人間性を保持し、相互の生存を確保するためには、どこかのグループが残虐行為や殺りく行為に直面している際に警告を発しなければならないのだ」と映画のメッセージを改めて説明。
「我々は、国際法の専門家や主要なホロコースト研究者を含む多くの専門家が『発生中の大量殺りく』と認めたものを正当化するために、ユダヤ人のアイデンティティとホロコーストの記憶が武器として利用されることを非難する。ユダヤ人の安全とパレスチナ人の自由の間における間違った判断を拒絶する。我々は、すべての人質の安全な帰国とガザへの即時な支援物資の提供、およびイスラエルのガザへの継続的な爆撃と包囲の終結を求めるすべての人々を支持する」と現状に遺憾の意を示した。
最後に文書は「我々はホロコーストの記憶を尊重し、『誰に対しても二度と起こさせない』と声を上げる」と締め括られ、ファミリーネームのアルファベット順に151人分の署名(英文記事下部参照)が続いている。
映画『関心領域』は5月24日(金)日本公開。
フリーライター(tvgroove編集者兼ライター)。2019年に早稲田大学法学部を卒業。都庁職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)においても映画に関する発信を行いながら、YouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」にて映画情報・考察・レビュー動画などを配信したり、映画関連イベントの企画・運営も行っている。