今年日本公開となる映画の中でも、トップクラスに考えさせられる、深く心に爪痕を残す作品がやってくる。今回は、5月24日(金)公開となる映画『関心領域』(原題:The Zone of Interest)についてレビューする。
映画『関心領域』レビュー
【予告編】『関心領域』
『関心領域』概要
空は青く、誰もが笑顔で、子どもたちの楽しげな声が聞こえてくる。そして、窓から見える壁の向こうでは大きな建物から煙があがっている。時は1945年、アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族がいた。第76回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝き、英国アカデミー賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞、トロント映画批評家協会賞など世界の映画祭を席巻。そして第96回アカデミー賞で国際長編映画賞・音響賞の2部門を受賞した衝撃作がついに日本で解禁。
マーティン・エイミスの同名小説を、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』で映画ファンを唸らせた英国の鬼才ジョナサン・グレイザー監督が映画化。スクリーンに映し出されるのは、どこにでもある穏やかな日常。しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、建物からあがる煙、家族の交わすなにげない会話や視線、そして気配から着実に伝わってくる。その時に観客が感じるのは恐怖か、不安か、それとも無関心か? 壁を隔てたふたつの世界にどんな違いがあるのか?平和に暮らす家族と彼らにはどんな違いがあるのか?そして、あなたと彼らの違いは?(公式HPより)
コンセプト勝ちで、すべてが胸糞悪くなる
主人公一家が住む邸宅の隣では、強制収容所で人々が命を奪われているはず。しかし、今作はあえて残虐な部分は映さない。「収容所の郊外で、ドイツ人がこのように過ごしている」という前提があれば、青空も談笑も小さな悩みも、すべてが胸糞悪く感じてくる。コンセプトで強く訴えかける重厚な1作だ。
目隠しも、扉も、すべてが意味深なメタファーに見えるため、どの映像も、どの音もぜひ慎重に味わっていただきたい。
“退屈”“単調”こそがキーワード。見逃すな。聞き逃すな。
主人公らの会話や生活は、あえて退屈に作られている。構図は見事に切り抜かれているとはいえ、カメラにも基本的に動きがない。気を抜けば眠たくすらなってしまいそうな、静かで単調な映像と会話が続く。
しかし、今作には上述のとおり、把握しておくべき大前提がある。彼らは大量の人々が命を奪われ続ける、強制収容所の隣で過ごしているのだ。
美しくのどかな庭やプールの向こう側で、空に広がる不穏な煙(もちろん殺害された人々の遺体を焼いて生じている煙である)。“関心”を持たなければ環境音として聞き逃してしまうくらいの、絶妙な音量で聞こえる銃声や怒鳴り声。観客がそれらをすべて1時間45分集中して拾い続けるためには、淡々とした映像に向かって身を乗り出して、自ら映画に飛び込み続けなければならない。我々は、表面的な映像をのんきに受け身の姿勢で享受するのではなく、自ら積極的に描かれる要素を拾い、自ら思考することを求められている。
我々の苛立ちは、いわゆる“ブーメラン”。
今作が訴えかけるそのメッセージはただの歴史批判におさまらず、現代を生きる我々にもその“思考”を求めてくる。この記事を我々が書いている、読んでいるまさにこの瞬間も、海・国境の向こう側で悲惨な命の奪い合いが起きている。それはSNSでもニュースでも日々報じられていることで、我々はそれを“知っている”。にもかかわらず、我々は日々それを忘れて過ごしてはいないだろうか。
壁の向こう側で命が消えていっても、のんきに贅沢暮らしを楽しむドイツ人一家。観客が彼らに怒りや苛立ちを覚える時、その批判的な目はまさに「ブーメラン」として我々に向かって飛んでくるのだ。
ホラー映画より恐ろしい、ミカ・レヴィの音楽
観終わってまず頭を離れなかったのは、エンドロールの音楽。個人的には、どんなホラー映画のサウンドトラックよりも背筋が凍る思いをした。
音楽を手がけたのは『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』や『MONOS』のミカ・レヴィ。これまでも独特のサウンドで人々の耳を支配してきたレヴィが、今作では映画を観終わって呆然としている観客にトドメを刺しにくる。最後の最後まで気を抜かせない。気を抜いていた観客には最後に爪痕を残す。そんな念すら感じるパワフルで不気味な音楽は、今でもすぐ頭に再現できるほどに耳に染み付いた。
レビューまとめ
「隣が強制収容所」というコンセプトですべてを「映像以上」に見せ、独特の構図や音響によって目や耳に訴えかけてくる今作は、観客に前のめりに作品を味わうことを求め、同時に現代における「見て見ぬふり」をも批判し、そしてミカ・レヴィによる圧倒的な音楽でトドメを刺してくる、徹底された傑作だ。
『関心領域』は5月24日(金)日本公開。
フリーライター(tvgroove編集者兼ライター)。2019年に早稲田大学法学部を卒業。都庁職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)においても映画に関する発信を行いながら、YouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」にて映画情報・考察・レビュー動画などを配信したり、映画関連イベントの企画・運営も行っている。