今最も勢いのある俳優のひとりであろうグレン・パウエルが、またも新たな顔を(いくつも!)見せてくれる映画が登場した。9月13日(金)公開となった『ヒットマン』だ。
【予告編】『ヒットマン』
『ヒットマン』あらすじ
信じ難い実話に着想を得たストーリー。真面目で堅物な大学教授が、偽のヒットマンにし、自分の隠れた才能を発見していく。
彼がとある1人の顧客に心を奪われてしまったことで、欺瞞と歓喜に火がつき、彼のアイデンティティは複雑になっていく…。
レビュー本文
“演じる人”を演じるグレン・パウエル
今作ではグレン・パウエルが姿をコロコロ変えながら、おとり捜査を続ける。
『トップガン マーヴェリック』『恋するプリテンダー』『ツイスターズ』など、アクションからロマンスまで幅広い大衆映画で活躍を連ね、今最注目の俳優のひとりといえるパウエルが、今回は1つの役の中で“さまざまな役”を演じている。
衣装や髪型が変化するファッションショー的な楽しみ方ができることはもちろん、うだつの上がらない教師が、自分の演じるセクシーなヒットマンに触発されて色気を増していく展開など、演技力とビジュアル、存在感のすべてが揃わなければ成立しない物語をパウエルは完璧にこなしている。
“自分自身ってなんだっけ”
しかし、“自分の演じるほかの自分”に触発されて変化した自分は本当に“自分”だろうか。今作はさまざまな役を演じる主人公ゲイリーをとおして、アイデンティティ・クライシスをわかりやすく描いている。
怒りっぽくても寛大な人を演じたり、頭の中はクレイジーな妄想だらけでも常識人を演じたり、面白くなくても“ウケている”ように演じたり…おとり捜査などしていない我々でも、日々“演じる”ことはあるだろう。中には完全に自分に正直に生きているという強者もいるかもしれないが、逆に“基本的に別人を演じ続けている”という人もいるのではないか。
そんな時、“自分自身とは何か”と尋ねられたら、簡単に“自分自身”をイメージできるだろうか。“演じている自分”の方が人気者だとして、それが本来の自分ではなかったら、そのまま幸せになれるだろうか。
薄れていく自分自身に困惑し、“自分って何だっけ”という根本的な疑問を頭に浮かべながらも作戦を遂行していく今作は、エンターテインメント作品ながらもどこか哲学的で、内容以上のものを我々に考えさせてくれた。
幻想と現実
今作は、「人々が思い描く“ヒットマン”像がそれぞれ異なり、それを具現化してあげる」というコンセプトも面白い作品だ。そうして「人々に夢を与える」ことでおとり捜査を遂行するゲイリーは、前述のとおりアイデンティティの危機におちいる。
しかし、物事はそう複雑ではないのかもしれない。「あれも自分、これも自分」とすべてを肯定してもいいのかもしれない。今作はそうも思わせてくれる。
“ありのままを受け入れる”ことも尊ばれるし、それはすばらしいことだ。しかしそれは“変化するな”という意味ではないのではないか。人間は時に変化する生き物でもある。理想・幻想の人格に影響を受け、他人と対話して恋をして、変化によって自信をつけた自分。それもまた自分の延長線として、その変化にも胸を張る。そんなスタンスもまた、一定の人々の救いになるのではないか。
「変わらないことも、変わることも、両方肯定する」ことは、矛盾するように見えて、実は「ありのまま(あるがまま)を受け入れる」という点で矛盾しないのだ。
決まった正解のない人生をどんなスタンスで生きるか、“自分”を哲学的に考えさせられながらも、誰もが楽しみやすいコミカルな警察映画に仕上がった『ヒットマン』は9月13日(金)から上映中。派手なバイオレンス描写などもないため、万人が安心だ。
『ヒットマン』作品情報
監督:リチャード・リンクレイター (『ビフォア・サンライズ恋人までの距離<ディスタンス>』(95)ほか「ビフォア」三部作、『スクール・オブ・ロック』(03)『6歳のボクが、大人になるまで。』(14))
脚本:リチャード・リンクレイター&グレン・パウエル
キャスト:グレン・パウエル(『トップガン マーヴェリック』(22)『ツイスターズ』(8月1日公開))、アドリア・アルホナ(『6アンダーグラウンド』(19)『モービウス』(22)「キャシアン・アンドー」(22))、オースティン・アメリオ(「ウォーキング・デッド」シリーズ(15〜23))、レタ(『グッド・ボーイズ』(19)『グレイテスト・ヒッツ』(24))、サンジャイ・ラオ
原題:HIT MAN/2023年/アメリカ映画/英語/115分/シネスコ/カラー/5.1ch/日本語字幕:星加久実
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配給: KADOKAWA PG12
公式サイト: https://hit-man-movie.jp/
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フリーライター(tvgroove編集者兼ライター)。2019年に早稲田大学法学部を卒業。都庁職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)においても映画に関する発信を行いながら、YouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」にて映画情報・考察・レビュー動画などを配信したり、映画関連イベントの企画・運営も行っている。