奇抜な設定で異彩を放ちながら、世界中で普遍的といえるテーマを描く衝撃作『動物界』が11月8日(金)日本公開。
『動物界』予告編
『動物界』あらすじ
近未来。人類は原因不明の突然変異によって、徐々に身体が動物と化していくパンデミックに見舞われていた。“新生物”はその凶暴性ゆえに施設で隔離されており、フランソワの妻ラナもそのひとりだった。
しかしある日、移送中の事故によって、彼らは野に放たれる。フランソワは16歳の息子エミールとともにラナの行方を必死に探すが、次第にエミールの身体に変化が出始める…。人間と新生物の分断が激化するなかで、親子が下した最後の決断とは…?
レビュー本文
他人をアイコン化し、排斥する人々
今作が描くのは“疫病が流行り、感染者が疎まれる世界”だ。嫌でも思い出させられるのは、やはり新型コロナウイルスが世界中に拡大したパンデミック時代だ。当時、黄色人種が感染源扱いをされて嫌がらせを受けるといったニュース・SNS投稿が世界各地で相次いだことを覚えている。
嫌がらせを受けた中には、現地で生まれ育った中国系や日系の人々もいた。不条理な差別に憤りを感じると同時に、社会や経済に暗い影が差した際の人間がいかに理不尽で感情的で冷酷になり得るかを実感した。
疫病だけではなく、移民、特定の人種、特定の信仰など、ある属性を持つ一部の人間が問題行動で話題になると、たちまちその属性を持つすべての人間を排斥・攻撃しようとする人々が現れるのも世の常だ。『動物界』ではまさにそういった社会の不寛容が描かれており、人々に被害を及ぼしていない“新生物”や“新生物疑惑がある人物”にまで攻撃的な目は及ぶ。
「力持ちでクールだから仲間に入れよう」といった若者の単純な思考回路が描かれる瞬間もあり、好く際も嫌う際も相手をアイコンでしか見ない人間の浅ましさを示す映画であった。
痛々しくも愛おしい変身劇
とはいえ、外見は見知らぬ相手の印象を形成する際に重大な役割を持っている。見慣れない外見をした存在に対して人々がまず恐れを抱いてしまうのは自然な感情といえるだろう。今作の“新生物”たちには、その恐れにも共感できる絶妙にグロテスクなデザインがあてがわれている。動物らしい爪が生えてくる描写や、元の人間から“新生物”になるまでの半端に変形を遂げた過程など、実際に目の前で見れば本能的に身を引いてしまいかねないシーンは多かった。
しかし、本当の人間性はその“一度恐れた後”に現れるといえるだろう。恐ろしく、見慣れない存在を、恐れ、知らない状態のままで排除しようとするのか、それとも理解し、理性をもって対処しようとするのか。不慣れな状況でこそ、人間が持つ理性・判断能力をそこで機能させられるか否かが問われる。
今作では、一見たしかにグロテスクだったり恐ろしかったりする“新生物”たちが、一定の期間見続けることで愛おしく、可愛らしく、友好的に見えてくるという感覚を何回か体験することができる。その時、我々の恐怖が無知から来るものだと、そして漠然とした恐怖のままに行動することは、未知のものを知ろうともせず否定することであると改めて実感させられるのだ。
一方で純粋な愛情の尊さも強調される
未知のものに対する恐怖と裏表といえるのが、よく知るものへの愛情・愛着だ。今作は変身を遂げた妻を思い続ける夫やその後の物語の展開をとおして、容姿や属性には阻むことのできない人間の無償の愛も描いている。理不尽なヘイトや、社会の不寛容が強く描かれる作品だからこそ、その無償の愛・思いやりの尊さも見事に強調されるのだろう。
さらに、恐怖は感情・無知から来るもの。まっすぐな好奇心を特徴とする、おしゃべりなADHDのキャラクターの描かれ方がほかの人間たちと異なるのも、一貫したテーマを支える重要な要素だ。
冒頭から衝撃的なシーンに始まる今作は、非常に奇抜な設定の異色作に見える。しかし観てみれば、世界中に蔓延する普遍的な問題を描き、改めて学びを与えてくれる印象深い1作だった。
『動物界』は11月8日(金)日本公開。
作品情報
タイトル:動物界
原題:LE RÈGNE ANIMAL
英題:THE ANIMAL KINGDOM
監督・脚本:トマ・カイエ
出演:ロマン・デュリス、ポール・キルシェ、アデル・エグザルコプロス
2023年|フランス|フランス語|カラー|スコープサイズ|DCP|128分|字幕翻訳:東郷佑衣|PG12
配給:キノフィルムズ
提供:木下グループ
© 2023 NORD-OUEST FILMS – STUDIOCANAL – FRANCE 2 CINÉMA – ARTÉMIS PRODUCTIONS.
公式サイト:https://animal-kingdom.jp
X:https://x.com/kino_arthouse
フリーライター(tvgroove編集者兼ライター)。2019年に早稲田大学法学部を卒業。都庁職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)においても映画に関する発信を行いながら、YouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」にて映画情報・考察・レビュー動画などを配信したり、映画関連イベントの企画・運営も行っている。