アルフォンソ・キュアロン監督に来日インタビュー!
『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』『ゼロ・グラビティ』といったファンタジー/SFものから、『天国の口、終りの楽園。』『ROMA/ローマ』といった恋愛もの、ヒューマンドラマものまで幅広く手がけてきたアルフォンソ・キュアロン監督が、初めてドラマシリーズの全話を監督した「ディスクレーマー 夏の沈黙」がAppleTV+にて配信中。
主演にケイト・ブランシェットを迎え、ケヴィン・クラインやサシャ・バロン・コーエンら豪華キャストが出演した今作は、仕事で成功し充実した生活を送るジャーナリストのキャサリン(ブランシェット演)が、ある日届いた作者不明の小説によって人生を狂わされていく様子を描いた作品だ。
【予告編】「ディスクレーマー 夏の沈黙」
東京国際映画祭2024で今作のスクリーン上映が行われたことも記念して来日したキュアロン監督に、tvgrooveは独占インタビューを行い、今作についての話を聞いた。
- アルフォンソ・キュアロン監督 インタビュー
- 「ディスクレーマー」は非常に興味深く、印象に残るドラマシリーズでした。キュアロン監督がこの物語をドラマシリーズにしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
- キャサリン役をケイト・ブランシェットに演じて欲しいというアイデアは早い段階から考えていたのでしょうか。
- ケイトがあなたの監督作品に出演するのは初めてだと認識していますが、これまでにも彼女とは交流がありましたか。彼女と映画を作ってみていかがでしたか。
- ケイトといえば『キャロル』『TAR』などで“強く気高い人物に見えて、実は弱さや秘密を抱えているキャラクター”を演じてきた俳優であり、そういったキャラクターがよく似合う女優だと思います。今作のキャサリンにもある程度それは共通するように感じたのですが、ケイトの過去の出演作の中に、キュアロン監督が今回の起用を望んだ決め手のような作品はあるのでしょうか。
- 若きキャサリンを演じたレイラ・ジョージは、まさにケイトと二人でキャサリンというキャラクターに一つの魂を吹き込んだキーパーソンですよね。レイラのキャスティングはどのように決まったのでしょうか。
- 若きキャサリンとジョナサンの一時的な関係を描く小説パートは今作の重要な部分ですね。このシーンはどのように作りあげたのでしょうか。
- 大人なキャサリンに近づく多感な時期の男子 ジョナサンのシーンを見て、監督の過去作『天国の口、終りの楽園。』も思い浮かんだのですが、同作から20年以上経つ今、監督の恋愛や情愛に関する考え方や撮影への向き合い方に変化はありましたか?それとも一貫して変わらない部分も多いですか?
- 登場人物の感情が大きく揺さぶられるシーンも多数ある今作ですが、撮影時やキャストの演技づくりの段階で、特に印象に残ったり、こだわったシーンといえばどこですか。
- キャサリンの家族とナンシーの家族、それぞれに過去と現在も描かれて、物語が同時並行して入り乱れる今作ですが、ストーリー構成や編集、進行のテンポ感などにおいて特にどのようなところをこだわって作りましたか。
- たしかに、複雑な構成に見えて、自然と理解しながら観進めることができるシリーズでした。
- 原作から映像化するにあたって、あえて大きく変更した部分はありますか。
- シリーズ作品全体を監督するのは初でしたね。映画作品とシリーズ作品ではどう違いましたか。
- 長時間の映像作品を作るにあたってもっとも苦労したことは何でしょうか。
- 今作では愛、憎しみ、孤独、性欲、罪悪感、恐怖など、人間のさまざまな感情が描かれました。もちろんどの感情も重要な要素ですが、あえてピックアップするなら、どのような感情・人間関係が今作のストーリーの軸になったと思いますか。
- このドラマシリーズを観る日本のオーディエンスに一言メッセージをお願いします!
アルフォンソ・キュアロン監督 インタビュー
「ディスクレーマー」は非常に興味深く、印象に残るドラマシリーズでした。キュアロン監督がこの物語をドラマシリーズにしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
アルフォンソ・キュアロン(以下、キュアロン):最初は映画を撮ろうと思ったんだ。でもどのような作品にしようか考える中で、ドラマシリーズという形に挑戦する機会を得た。
キャサリン役をケイト・ブランシェットに演じて欲しいというアイデアは早い段階から考えていたのでしょうか。
キュアロン:とても早い段階から考えていたよ!もはや企画開始の瞬間から考えていたといえるね。キャサリンについて脚本を書く際、僕はケイトの姿を思い浮かべ、彼女が演じてくれることを願っていたよ。
ケイトがあなたの監督作品に出演するのは初めてだと認識していますが、これまでにも彼女とは交流がありましたか。彼女と映画を作ってみていかがでしたか。
キュアロン:何度かケイトと映画祭で遭遇して、軽く会話をする機会はあったから、「いつか一緒にすばらしい作品を作りたいね」とは話していたんだ。ようやくそれが実現したよ。僕の親友であるギレルモ・デル・トロやアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(※)は先に彼女と映画を撮っていて、ジェラシーを感じていたんだ(笑)
※両名ともに、キュアロンと同じメキシコ出身の映画監督。デル・トロは『ナイトメア・アリー』『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』で、イニャリトゥは『バベル』でケイト・ブランシェットを起用している。
キュアロン:ケイトとはとても緊密な関係を築きながら仕事をできたよ。ケイトは俳優であるだけでなく、プロデューサーとしてもすばらしい才能を持っている。今作においても、全体を通してさまざまなプロセスにかかわってくれたよ。脚本を修正するのにも深く貢献してくれたし、キャスト選びも手伝ってくれたし、ほかの俳優たちのことを丁重に扱ってくれた。ケイト自身が演じるキャラクターづくりに寄与してくれたのはもちろん、最終的にどこをカットするかという段階においても彼女の役目は大きかったんだ。
ケイトといえば『キャロル』『TAR』などで“強く気高い人物に見えて、実は弱さや秘密を抱えているキャラクター”を演じてきた俳優であり、そういったキャラクターがよく似合う女優だと思います。今作のキャサリンにもある程度それは共通するように感じたのですが、ケイトの過去の出演作の中に、キュアロン監督が今回の起用を望んだ決め手のような作品はあるのでしょうか。
キュアロン:たぶん、“全作品”といえるよ。ケイトはさまざまな役を演じてきたけど、彼女は何を演じる時も、望むように演じこなしてきた。『マニフェスト』(17年)ではひとつの作品で13役を演じたし、『アイム・ノット・ゼア』(07年)ではボブ・ディランさえも演じてみせた。本当に彼女は何だって演じられるんだよ!
若きキャサリンを演じたレイラ・ジョージは、まさにケイトと二人でキャサリンというキャラクターに一つの魂を吹き込んだキーパーソンですよね。レイラのキャスティングはどのように決まったのでしょうか。
キュアロン:レイラのキャスティングを決めたのは結構後になってからなんだけど、それは当初、若い頃のキャサリンもケイトに演じてもらって、AI技術で見た目を若返らせるという前提で動いていたからなんだ。でも、ケイトも僕もAIが作る映像に強い違和感を感じたし、映像技術の進歩に観客が気を取られてしまうことは避けたかった。そこで若いキャサリンを演じる別の俳優を探すことにしたんだ。レイラは最初と終盤でまったく異なる演技をしてくれる。もはや別のふたつのキャラクターといってもいい役を演じこなし、両方に命を吹き込んでくれたよ。
若きキャサリンとジョナサンの一時的な関係を描く小説パートは今作の重要な部分ですね。このシーンはどのように作りあげたのでしょうか。
キュアロン:小説に書かれたものとしての映像は、言ってしまえばファンタジーなんだ。だから人工的な感じを強調したロマンティックな映像で、音楽だって超ロマンティックにした。1970年代後半のフランスやイタリアの恋愛映画なんかを意識した世界観にして、現実パートとのコントラストを際立たせたつもりだよ。最初からオーディエンスにわかりやすく「これは小説です」「ファンタジーです」と伝えられるよう工夫したんだ。
大人なキャサリンに近づく多感な時期の男子 ジョナサンのシーンを見て、監督の過去作『天国の口、終りの楽園。』も思い浮かんだのですが、同作から20年以上経つ今、監督の恋愛や情愛に関する考え方や撮影への向き合い方に変化はありましたか?それとも一貫して変わらない部分も多いですか?
キュアロン:多感な時期という人生のひとつの期間におけるリアルを切り取った『天国の口、終りの楽園。』と、今作で“小説の描写”としてロマンチックな世界観に振り切ったショットでは映像的アプローチのしかたは大きく異なるね。でも人生の多感な時期に対してのイメージ・価値観は今も変わらないな。ティーンエイジャーから大人への発達段階だからこそ得られる新たな発見や好奇心や楽しさがある一方で、人生に関する一種の失望も感じる、そんな特別な時期だ。
登場人物の感情が大きく揺さぶられるシーンも多数ある今作ですが、撮影時やキャストの演技づくりの段階で、特に印象に残ったり、こだわったシーンといえばどこですか。
キュアロン:社会との関係においても感情的な意味でも常に緊迫感を感じる作品だから、疲れ果てるシーンはたくさんあったよ。キャサリンとロバートのすれ違いや、特に終盤のキャサリンとスティーヴンの衝突といった緊迫したシーンは感情を振り回されたよ。
キュアロン:でも、誰もそういった人生の場面・揺れ動く感情からは逃がれられないのが現実だ。皆の人生にもあふれている感情を描くために、何日も感情的なシーンの撮影に費やしたよ。
キャサリンの家族とナンシーの家族、それぞれに過去と現在も描かれて、物語が同時並行して入り乱れる今作ですが、ストーリー構成や編集、進行のテンポ感などにおいて特にどのようなところをこだわって作りましたか。
キュアロン:テンポづくりに関していうと、僕はいつも映像作品を音楽のように考えているんだ。映像も音楽も時に長く体感し続けたいシーンもあれば、圧縮して伝えてほしいこともあるよね。物語を伝えるにあたって、そういった緩急でコントラストをつけることは非常に大切だと考えている。
キュアロン:それぞれのストーリーラインが独特で異なる映象的な文脈を持っていて、それぞれがメロディのように感情を揺さぶるけど、僕らが一番大切にしたのは「絶対に観客を迷子にはさせるな」「観客を困惑させるな」という考え方だよ。観客に想像を広げさせたり、ある程度戸惑わせるくらいなら構わないが、「意味がわからない」と困惑させることはしてはならない。
たしかに、複雑な構成に見えて、自然と理解しながら観進めることができるシリーズでした。
キュアロン:うん、たくさんの要素をどんどん見せる物語だけど、観客が過度に戸惑ったりはしないよう、それぞれの物語につながりがあることを理解しながら観られる構成にしたつもりだよ。
原作から映像化するにあたって、あえて大きく変更した部分はありますか。
キュアロン:変更した点はたくさんあるよ!本は概括的な映画的要素、説得力のある物語を提供してくれた。ただ映像作品としてそのまま仕上げても、良い作品にならないと感じた。過去に起きた出来事を描きつつ、それを踏まえて現在進行形で歩んでいるそれぞれの物語にフォーカスを当てた映像作品にするために、構成に関する変更を頻繁に行ったんだ。
シリーズ作品全体を監督するのは初でしたね。映画作品とシリーズ作品ではどう違いましたか。
キュアロン:僕はシリーズの作り方を知らないから、映画を撮る時と同じようなスタイルだったよ。従来のシリーズ作品だと、物語ごとに異なる監督を起用することもあるけど、でも今回はアップル社が僕に、映画のようなアプローチでシリーズ作品を作る貴重な機会をくれたんだ。
キュアロン:だから制作プロセスとしてはさほど映画と今回のシリーズに違いはない。ただひとつ違うのは映像の長さだよ。いつもは2時間の作品なのに今回は合計7時間くらいあるよね。僕は映像作品を入念にゆっくり映像作品を作るから、今回は疲れ果てたよ…。
長時間の映像作品を作るにあたってもっとも苦労したことは何でしょうか。
キュアロン:常に困難はあったよ。 感情の変化も(映画より)ゆっくりなテンポで描くことになるから、感情への寄り添い方には気をつけなければならなかったし、描いた要素はすべて最終的に意味のあるものにならなければならない。
キュアロン:中でも困難かつ大切だったのは、「観客に嘘は絶対につかない」ということ。ケイトもこれにこだわってくれたよ。映像の中には一度も嘘がないんだ。初めてこの物語を追う時、観客はそれぞれが異なる想像や予想を思い描きながら観て、最後にすべての真実を知ることになるから、途中までの解釈は観客によるはず。だけど、すべて知った後にシリーズを2周観てくれたら、「一度も嘘は描かれていない」ということが明確にわかるはずだよ。
今作では愛、憎しみ、孤独、性欲、罪悪感、恐怖など、人間のさまざまな感情が描かれました。もちろんどの感情も重要な要素ですが、あえてピックアップするなら、どのような感情・人間関係が今作のストーリーの軸になったと思いますか。
キュアロン:“愛”だと思う。この物語には矛盾する要素も存在するけど、“愛”はすべてを説明する最終手段に値するよ。
このドラマシリーズを観る日本のオーディエンスに一言メッセージをお願いします!
キュアロン:日本のオーディエンスの皆様、こんにちは!大好きな日本に来られて嬉しいよ。東京での時間はとても楽しかった!AppleTV+で「ディスクレーマー 夏の沈黙」を楽しんでくれると嬉しいな!
インタビュー以上(取材・文:ヨダセア)
「ディスクレーマー 夏の沈黙」全7話はAppleTV+にて配信中。
フリーライター(tvgroove編集者兼ライター)。2019年に早稲田大学法学部を卒業。都庁職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)においても映画に関する発信を行いながら、YouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」にて映画情報・考察・レビュー動画などを配信したり、映画関連イベントの企画・運営も行っている。