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Showtime「On Becoming a God in Central Florida」はトランプ悪政下で苦しむ良識人の絶望感と疲労困憊を描写?キルスティン・ダンストが好演するフロリダ・ノワールに、時を得たカタルシスを見出す

ON BECOMING A GOD IN CENTRAL FLORIDA COLUMNS
いつも味のある役をこなすキルスティン・ダンストが、全力投球したフロリダ・ノワール+ブラック・ユーモア劇。90年代の服装、ヘアスタイル、ヒット曲など、あの時代を生きた視聴者は懐かしさも手伝って、益々ハマってしまうこと間違いなし。

プレミア局Showtimeの新作「On Becoming a God in Central Florida」は、米国では8月25日に放送が開始されました。9月26日にはシーズン2更新の発表があったので、尻切れトンボにならないかと不安を感じる事なく楽しめます。プレミア前に発表した英文評はこちら。

「On Becoming a God in Central Florida」は、悪徳マルチ商法(米国では一般にピラミッド商法と呼ばれる)に夫を奪われた腹癒せに、未亡人が創始者と組織全体に殴り込みを掛けるフロリダ・ノワール(犯罪ドラマ)+ブラックユーモア劇です。2017年7月24日、TVGroove旧サイト「ネイルサロンのソプラノズ!?5人の強かな女の波瀾万丈の生き様は現実逃避に持ってこい!演技派ニーシー・ナッシュ、キャリー・プレストンが光る『Claws』」でご紹介したTNT局のヒット作「Claws」を彷彿とさせます。もっとも、「Claws」は日本では未放送ですから、比較の対象として使うのは無理がありますが、両作とも1)人生の明暗のコントラストが鮮明、2)ブルーカラー労働者のお先真っ暗的閉塞感、3)強かな女の波瀾万丈の生き様を描くドラマという共通点があります。

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クリエイターのロバート・ファンキーとマット・ラツキーは、「カルト」について徹底的にリサーチを実施しました。カルト教団であれ、悪徳マルチ商法であれ、「この手の組織が洗脳と阿漕な手を使って、教徒や加盟者の家族/友人との関係を台無しにするかを暴露する時が来た!」と、数々の教団や悪徳マルチ商法を混ぜ合わせて、このドラマを創作しました。サイエントロジーや原理主義者などのカルト教団は、ここ5~6年、ドキュメンタリーがスポットライトを当てて内情を暴露したり、脱退した元信者が教団の違法行為を告発しています。しかし、悪徳マルチ商法が’負け組’や’夢見る夢男/夢子’をいかに喰い物にしているかを暴露するドラマは、これまでに観たことがありませんでした。やっと!と言う感じです。最近は、友達の輪が定まったので、マルチ商法に勧誘されることはなくなりましたが、LAに来たばかりで、あちこちに顔を出していた頃は、よく「ビジネス・チャンスがあるんだけど」と声をかけられました。もっとも、数回勧誘を聞くと、どの商法でも同一の語彙を使用して、似たり寄ったりの組織に加入を勧めるので、キーワードを聞いただけでピンと来るようになり、逃げの一手で悪徳マルチ商法をかわせるようになりました。

 

クリスタルを好演するキルスティン・ダンスト。「カルト教団なら少し知ってるけど、マルチ商法は全く知らなかった」と語るダンストは、自らの出産・育児で心身共ボロボロ状態をクリスタルに注ぎ込んで共感を誘う。

 

時は1990年代、舞台はフロリダ州オーランド市近郊の名もない町。クリスタル・スタッブス(キルスティン・ダンスト)は、寂れたウォーター・パークで雑役をしながら、保険勧誘員の夫トラビス(アレクサンダー・スカルスガルド)と幼い娘三人で暮らしています。しがないセールスの仕事では、たかが将来は知れていると悟ったトラビスは、超現実的なクリスタルの猛反対をよそに、Founders America Merchandise (FAM)ブランドの粗悪な商品を高額で仕入れ、販売先/販売人を求めて2年になります。ピラミッド販売組織幹部にのし上がること一筋のコーディー(セオドア・ペレリン)の口車に乗り、トラビスは保険勧誘の仕事を辞めてしまいます。FAM仲間に見送られて、一攫千金を夢見て販売に出かけるトラビスでしたが寝不足が祟ったのか、車もろともワニが棲息する沼池に突っ込み、帰らぬ人となってしまいます。

 

夢見る夢男トラビスを演じるアレクサンダー・スカルスガルド。シリーズ第一話で、呆気なく死んでしまう。

 

働き蜂トラビスを失ったコーディーは、夫が残した借金で首が回らなくなった未亡人クリスタルの自暴自棄につけ込み、ダウンライン(働き蜂として日夜奔走する組織最下位の加盟者)にして甘い汁を吸うしか手がありません。一方、クリスタルはコーディーが教祖様と仰ぐFAM創立者オービー・ガーボウ2世(テッド・レヴィン)に接近して、「一国一城の主になれる」が謳い文句の悪徳マルチ商法を世に暴き、夫の仕返しをしようと企んでいます。但し、オービーに近寄るのは、働き蜂には至難の技!クリスタルは、FAMが巧みに張り巡らした蜘蛛の巣から解放されたいがため、色仕掛けやゆすり等あらゆる手を使って、コーディーを丸め込み、思いのままに操ります。

ガーボウ狂信者コーディー(セオドア・ペレリン)は、意外にも良家のおぼっちゃま!どこでどう間違えたのか、悪徳マルチ商法の手先となり、弱い庶民を喰い物にしているが、現実に目を背けている。他に没頭できることがないのだろう。

 

このユニークなドラマは、舞台となるフロリダの土地柄を理解しなければなりません。フロリダと聞くと、ヤシの木が並ぶ海岸線に建ち並ぶ豪邸とテーマパークや観光地というイメージがありますが、「Claws」と同じく、「On Becoming a God in Central Florida」もテーマパークからおこぼれでさえ回って来ない、ひなびた町であくせく働く労働階級を描きます。日本並みの蒸し暑さとワニが棲息する沼池など悪条件が揃っていて、誰も住み着きたくない土地にディズニー・ワールド・リゾートが忽然と現れ、以来ディズニーが仕切る町になったのがオーランド南部です。ディズニー系のテーマパークやリゾートホテルが集中する一角は、米国人のみならず、世界中から観光客が集まって来ますが、誰も住みつこうとは思わない蜃気楼です。危険が一杯のワニ棲息地に、大枚を叩いてでも行ってみたい町を人工的に造り出し、世界中から人が集まってくるようになりました。「On Becoming a God in Central Florida」の舞台にしたのは、危険地帯と蜃気楼の対比が面白いからです。

更に、夫婦共働きで働いても、一歩間違えば路頭に迷うことになる、’その日暮らし’庶民が生まれたのが、ドラマの背景1990年代初頭です。働けど、働けど、我が暮らし楽にならずの’その日暮らし’に、悪徳マルチ商法が入り込む隙を見出したのです。「アメリカン・ドリーム」と呼ばれる成功の概念は建国の理想、自由・平等・民主主義にのっとって、生まれや階級に左右されることなく、勤勉と努力で勝ちとることができると言う概念です。「寄らば大樹の陰」を信じる米国人は元々少数派でしたが、1990年代の景気後退で、終身雇用=人生安泰の図式は完全に崩壊。再就職の目処がつかない失業者やレイオフの憂き目にあった中間管理職が、自営業を始めるしか他に手がなくなったのです。会社組織や上司に指図されることなく、独立独歩、一国一城の主を目指すしか生きて行く方法がなかったのです。しかし、悪徳マルチ商法が謳う「一国一城の主」は、真の一国一城の主ではありません。従業員として雇用せずに(給料やその他の福利厚生を払わずに)ただ働きさせ、粗悪商品に投資させるだけで、単に組織の上位(アップライン)のみが潤う仕組みになっているからです。

ダンストは、第二話でユニークなダンスを披露しますが、練習している時から涙が出て止まらなかったと言います。「こんなに必死でサバイバルをかけて頑張っているのに、何をやっても裏目に出てしまう。かわいそうで、ジーンと来たの!クリスタルのいきどおりをひしひしと感じたことも確か!普通、女性のキャラって、ここまでの激怒を表現させて貰えないわ」と、今回の役柄を分析します。昨年、出産したダンストは、産後の極度の疲労困憊や心身共にボロボロの状態をクリスタルに注ぎ込んで、視聴者の共感を誘います。

ファンキーは、「ちょっと幸せに暮らしたい!と願っているのに、弱味につけ込まれて喰い物にされている庶民の悲惨な現実を描いた」と述べています。悪徳マルチ商法の被害者クリスタルは、何とか事態を改善しようと死にもの狂いです。でも、30年以上経った現在の米国でも、同様にもがいている人が大勢います。トランプの独裁政治下で、敢えて清く、正しく生きて行こうとする庶民の絶望感と疲労困憊と同じです。米国民富裕層の上位1%や、好き勝手をしても何もお咎めを受けない悪党達が米国を牛耳っており、「とにかく、勝つしかない!」主義に反発を感じる良識人のみが泣き寝入りを強いられているのが現状です。

FAM創立者オービー・ガーボウ2世を演じるテッド・レヴィン。ガーボウ・システムと呼ばれる出世術のテープを購入しなければ、組織幹部になれない仕組みになっている。レヴィンは、最近は悪役ばかりを選んでいるように見受けるが、「名探偵モンク」では、モンクを寛容に見守るリーランド・ストットルマイヤー警部を好演した。

「ザ・グッドファイト」シーズン2の最後に、私のお手本ダイアン・ロックハート(クリスティーン・バランスキー)が「世の中がどんなに狂っても、私の片隅だけまともであれば良いってわかったの」と言ったことが忘れられません。以来、私もトランプに破茶滅茶にされた民主主義社会で、自分の片隅だけでも!と守って来ましたが、今年に入ってその片隅さえ占領されました。毎日、悪の帝国で後を断つことのない悪党達と闘うのに、ほとほと疲れてしまいました。気が短くなり、いつも不安で、つまらないことにやたらこだわってしまいます。夢も希望もありません。そんな時に登場した悪に立ち向かうクリスタルの聖戦を描いた「On Becoming a God in Central Florida」は、正に時を得たカタルシスを提供してくれます。

但し、本年5月4日に掲載した「『グッド・ファイト』3月14日よりストリーミング配信開始! 「魂の闇夜」から「激動」のシーズン3に移行、元気を取り戻したダイアンの闘いぶりは、爽快そのもの!」で指摘した通り、シーズン2を観た日本人視聴者が、「全く意味不明のシーズンだった」とブログで発表していました。実感が湧かないのは、当然です。米国に住んでトランプの汚水にどっぷりと浸かり、悪政、暴君振りや狂気の沙汰にあっぷあっぷしている被害者にしか理解できない状況には違いありません。

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