私の大好きな「アフェア~情事の行方~」最終シーズンは、11月3日に最終回を放送してシリーズ完となりました。感想は改めてご報告しますが、「アフェア 6」が画面に戻って来た翌週の今秋9月6日から「Couples Therapy」が始まりました。ほとんど同時進行は、Showtime局の意図だったのかどうかは不明ですが、「アフェア 6」が終了すると見ごたえのある人間ドラマが無くなると嘆いていた私には、何よりの吉報でした。何しろ、心理分析大好き人間で、私も個人及び夫婦セラピーに通った体験があるだけに、ドキュメンタリー・シリーズという珍しいフォーマットで20週間を綴ることに興味津々。因みに、HBO「イン・トリートメント」(2008年~2010年)が、3シーズン106話で個人のセラピーをドラマ化して絶賛され数々の賞を受賞しましたが、素人を対象に夫婦のセラピー・セッションを記録したドキュメンタリー・シリーズは、私の知る限り初めての試みで希少価値の高い作品と言えるでしょう。
「Couples Therapy」は、結婚号が座礁に乗り上げ、二進も三進も行かなくなった4組の夫婦がセラピスト/心理分析医に通う20週間を記録したドキュメンタリーです。2016年に同局で放送されたドキュメンタリー「ウィーナー」のプロデューサーコンビ、ジョッシュ・クリーグマンとエリース・スタインバーグが、長年温めていた企画の映像化に踏み切りました。クリーグマンの両親はいずれもセラピストで、幼い頃から「セラピー用語が飛び交い、セラピーが夫婦間の壁を打ち破ったとか、思いがけない変化を遂げた事実を両親が話し合っている環境で育った」と言います。故に、セラピーの威力を映像化できるだろうか?映されていると知っていても、セラピーに参加する夫婦は心を開いて、地を曝け出し、ありのままでいられるか等、数々の疑問を抱いていました。
電話でインタビューに応じてくれたクリーグマンは、数年前に元NYの下院議員アンソニー・ウィーナーが度重なるセックス・スキャンダルで失脚するまでを追った「ウィーナー」を制作した体験から「夫婦間の駆け引きは外から見るよりずっと複雑だし、夫婦の絆を評価・判定するなど至難の技だとわかりました。」と語りました。夫婦関係をもっと深く探り、真相、力関係を内から体験し、記録することはできないものか?を、遂に実行してみようと意気込むきっかけとなったのが、「ウィーナー」だったとは皮肉としか言いようがありません。
あらゆるコネを利用して、応募して来た夫婦関係のプロ達を篩にかけて、厳選したのが心理学博士のオーナ・グラルニク先生でした。クリーグマンは「オーナは、セラピーの威力と価値を確信しています。頭の回転の早いセラピーの達人で、しかも思いやりのある女性ですよ」と称賛します。このドキュメンタリーの使命や展望にも賛同してくれて、意気投合したことがグラルニク先生を選んだ理由だとか。
夫婦セラピーは、両極端の立場を頑なに維持しようとする男女のいずれの味方をすることなく、常に中立を守らなければならない綱渡り芸人のようなものです。グラルニク先生のジレンマや葛藤は、臨床指導医バージニア・ゴールドナー先生との会話に垣間見ることができます。二人の歯に衣着せぬ会話や討論は、一般大衆は疎か、セラピーに通ってくるクライアントでさえ聞くことはできない飽くまでもプロ同士の会話です。グラルニク先生の本音を壁の向こうで盗み聞きしているような快感を覚えます。「あー、やっぱり。先生もそう思っていたんだ!」と幾度となく感動した私です。通常、個人のセラピーでも、痒い所に手が届くようなアドバイスはプロの口からは聞くことができません。どんな問題にせよ、解決策は自ら探し出すように導くのがセラピストの仕事で、「イン・トリートメント」はドラマ化されているとは言え、次々に具体的アドバイスがウエストン先生(ガブリエル・バーン)の口からが飛び出すのは「ファンタジーの世界!」と、心理学界のプロからは信ぴょう性を問われていました。
1,000組余りの夫婦から選ばれたのは、4組の夫婦です。男女夫婦は、既に離婚を想定して話し合いをしています。いずれの夫婦も、問題児(=問題のある伴侶)を治療すれば、元の「普通の幸せっぽい結婚」に戻れると信じて、セラピーに臨んでいます。残念ながら、結婚は喧嘩両成敗です。責任は双方にありますから、お互いが自分の非を認めて変わらない限り、前進は期待できません。
結婚歴23年のアニーとマウ
希望ゼロどこまで行っても平行線のアニーとマウ。過去にもセラピーに通ったことがあるが、夫マウの傲慢無礼な態度が祟って、最長でも3回通って放棄した。今シリーズでも、11回目のセッションを最後に脱落。アニーが何故、あんな女嫌いを絵に描いたようなマウと一緒にいるのかは謎でしかない。「アフェア」のノアが画面から飛び出して、マウの体に宿ったのではないか?と思うほど、二人には共通点が多々ある。
結婚歴11年のエレインとデショーン
エレイン(左)が自分の暗い過去と向き合って心痛の処理をしなければ、デショーンの忍耐がいつまで続くか疑問。「怒らせないように、いつも恐々接している」と言うデショーンに対して、「もっと男らしくなれ!」と夫の弱さを責めるエレイン。この夫婦には、プエルトリコ系アメリカ人女性とアフリカ系アメリカ人男性への人種差別を、お互いが肌で感じられないという基本的な問題もある。
結婚歴6年のエヴェリンとアラン
セラピー初回に、100%離婚することに同意していたエヴェリン(左)とアラン。お互いの期待に添えず、少しずつ心が離れて行ったが、最終的には180度転換、もう一度やり直そうと心変わりした。結婚歴が短く、悪い癖に凝り固まっていた度合いが低いからと推測する。
結婚歴2年のローレンとサラ (トランス女性とバイセクシュアル女性のカップル)
バイセクシュアル女性サラ(左)とトランス女性ローレンは、若さ故(?)至って衝動的。セラピーで話し合った一大決心を掌を返すように撤回し、「後悔先に立たず」行動を繰り返す。LGBTQの問題や課題も多く、私の理解の範囲を遥かに超えている。
グラルニク先生がしみじみとゴールドナー先生に語るように、現代の結婚の最大の問題は手間隙かけることなく、結婚が何もかも解決してくれると期待を寄せ過ぎて、少しでも期待に副わないと、いとも簡単に放り出してしまうことです。男女の役割が明確だった昔と異なり、今や核家族の長となる夫婦は、心身から果ては仕事まで、ありとあらゆる側面でお互いの面倒をみる役割を求め合うようになりました。自尊心、自己発見、自己実現など、何から何まで連れ合いに依存するようになりました。かつては医者、セラピスト、ライフコーチ、仕事仲間、友人、家族などに助けを求めていましたが、最近はあらゆる救いを伴侶独りに求めがちです。最も身近にいて手っ取り早いと言う時間のない現代人ならではですが、あらゆる職業の知識や友人や家族全員の役目を独りの人間に求めるのは、無理な要求です。独りで何役も果たそうとする肩の荷が重過ぎて、お互いから不可欠な支えを受けていないという不満が積もり積もって、結婚している意味があるのか?と疑い出します。何のために、結婚号に二人で乗り込んで、大海に乗り出すのか?そして、舵取りは誰がするのか?どこへ向かっているのか?等の課題は結婚前にを話し合うべきです。それをしていないから、それぞれの心の中に膨らんだ期待が萎む一方で、又その事実を話し合わないから、結婚号は座礁してしまうのです。
私は結婚前、結婚中も夫婦セラピーに通いましたが、結局は離婚に至ってしまいました。元夫の一存だったので、番組に登場した3組の夫婦のように離婚について話し合ったことは一度もありません。晴天の霹靂だった離婚申し立ては、疾走して来る汽車の前に突き出されたような感じで、どう足掻いても止めることは出来ない!と感じました。しかし、グラルニク先生のような中立を守りつつ、夫婦いずれの言い分も真摯に聞いてくれる実力のある(=料金の高い)セラピストに相談する余裕があれば、やり直せたかも知れません。あれ程の苦しみを体験せずに済んだかも知れないと思うと残念です。所々に挿入されているグラルニク先生の私的な時間の映像を見ると、離婚体験があることが仄めかされています。やはり、あの苦しみを体験したことがあるからこそ、思いやり、優しさ、配慮深さが滲み出ているのですね?
生まれや育ち、幼い頃の体験などで、人間には各自のフィルター(視点、観点)が形成され、十人十色のフィルターを通して、世の中を見ているものです。フィルターの異なる二人が結婚号を維持して行くことが至難の技だと体験しているだけに、離婚後独りで生きて来たことは大正解、これからも独りで生きて行く覚悟は十分にできていると、「アフェア」や「Couples Therapy」を観て再確認することができました。シーズン2が楽しみです。
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◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。