2015年に登場したサライ・ウォーカーの小説「Dietland」を、最近乗りに乗ってるマーティー・ノクソンがテレビ化した同名のドラマが去る6月4日、AMC局に登場しました。前回ご紹介した「Reverie」同様、「グッドワイフ」で良妻賢母を熱演したジュリアナ・マルグリーズのテレビシリーズ復帰作と聞いた時点から、首を長くして待っていました。1月のプレスツアー時に、パネルインタビューが実施されなかった為、5月にAMC局広報に数話にアクセスしたいと懇願のメールを送りました。「MAD MEN マッドメン」が爆発的に売れて以降、広報は大手の媒体以外は完全に無視する高ビー局になったので、望み薄だと思っていましたが、新作/話題作と言うこともあってか、3話の視聴許可がおりました。 プレミア前に掲載した英文評はこちらです。
マルグリーズがすっかりイメチェンして、良妻賢母/弁護士アリシアとは月とスッポンの見掛け倒しで、毒舌家の嫌な女の役を演じているのはトレーラーで観たのですが、内容は全く知らずに観たところ…2時間のパイロット+1話を観終わって、「何だ、これっ!」と混乱とまるでフェリーニの映画を観た後のような不安(と言っても「???」の読者も多いとは思いますが)に陥りました。残酷、不気味、狂気の沙汰、シュールレアリズムの世界、超ダークでありながら時折笑える、実に不思議なドラマです。ドラマ、ブラック・ユーモア・コメディー、ホラー、風刺、ロマコメ、リベンジ・ファンタジー、心理スリラー等、数々のジャンル間を跳飛する前代未聞、奇想天外な生き物です。「レギオン」を彷彿とさせるのは、ロマコメ、ドラマ、ミュージカル、ファンタジー、スリラーなどジャンルを幅広くカバーする点と、時折登場する不気味なイメージと、不安になることです。「レギオン」では、デビッドの怒りがシャドー・キングの姿で出没します。一方、SFでもアメコミでもない「Dietland」でも、画家ダリの世界から飛び出したようなプラムが登場しますが、今の所、何の象徴かは読み取れません。痛みや押し殺して来た感情を素直に表現できるプラムの本音ではないかと憶測している私です。
アリシア・ケトル(ジョイ・ナッシュ)は、自体共に認める肥満アラサー女子で、丸々でぽっちゃりしているので、プラム(すもも)の愛称で呼ばれています。NYの叔父のアパートで(これだけでも、ラッキー!!ですよ)独り暮らしをしていますが、一人前のジャーナリストになる日を夢見ています。オースティン・メディア社発行のヤング・ティーン向け雑誌「デイジー・チェーン」の編集長キティー・モンゴメリー(マルグリーズ)のゴースト・ライターをする傍ら、近所のカフェでお菓子を焼いて、細々と暮らしています。キティーは、自分にもブスの時代があったと言い張りますが、「迷える子羊」を導くほど叡智の人ではありません。オンライン悩み相談コラムで助けを求める羊達に共感でき、賢そうなアドバイスが書けると、自分が益々輝いて見えるに違いないと判断して、人生に失望したプラムに代筆させています。キティーのような不逞の輩は、自分の発言や行動が周囲の人間を動かすほどの魔力を持っていると自負しているものです。
ある日、自宅ーカフェー肥満サポートグループの狭い行動範囲から、リータ(ダイアン・バーク)との出会いで、信じられない世界を垣間見ることになります。リータの上司ジュリア(タマラ・チュニー)は、キティーの悩み(?)に耳を傾ける振りをする美容部長ですが、ファッションやコスメ業界が推進する’完璧な姿’から女性を解放しようと企んでいます。胃バイパス手術で細身になって、世間に存在を認めてもらおうと奔走するプラムに、汚い/怖い/醜い/見掛け倒しの外界を直視して、折角の知性を啓蒙運動に活用するよう勧めます。
リータの勧めでプラムは、回顧録「Dietland」の著者ヴェリーナ・バプティスト(ロビン・ウェイガート)を訪ねます。奇しくも、プラムが子供の頃、大枚を叩いて入会したバプティスト・ダイエットの創始者の娘で、新バプティスト・ダイエット方法を提唱するフェミニストです。男社会が課した実現不可能な’理想の女性像’に反旗を翻すカリオペー・ハウスを設立し、白羽の矢を立てたプラムに、世間の蔑視を避けるために、身を切り刻めば幸せになるのか?と問題提起します。 折りしも、拉致惨殺事件が続いて、全米を震え上がらせています。’女の敵’に復讐する自警団体が、見せしめのために罪状を告白させ、処刑しては、死体を高い所から投げ捨てています。ジェニファーとは誰なのか?ジェニファーの正体は?何が目的か?を巡って、様々な憶測が飛び交います。
ビル・コスビー、セクハラが公になっても当選したトランプ、一連のFoxニュース管理職やキャスター、ハーヴェイ・ワインスタインなどに端を発した#MeToo(私も被害者!と名乗るセクハラ・職権濫用告発運動)や#Time’s Up(男どもに足蹴にされるのは、もう沢山!男尊女卑&セクハラ撲滅運動)が進行する現状を考えれば、この摩訶不思議なドラマは、時流のうねりに乗った革命的な作品と言えます。今や、女だからと諦めていたこと、女だからと遠慮していた発言など、あり得ません。もっとも、白人男性が仕切る米国社会でまかり通って来た職権濫用に楯突くのは、これまで家畜・家財同様に扱われてきた女性のみではありません。最近、頻繁に耳にする「marginalized people」(=主流から排斥された人々)には、白人異性愛男性以外が全て含まれます。 コスビーは4月に再審の結果、三訴因で有罪判決を受けました。5月に出頭したワインスタインは、終身刑に処せられるかもしれないと、報道されています。エンタメ業界で働く職権濫用できる立場にある男性は、身に覚えがある人も無い人も、いつ何時容疑をかけられるか、暴露されるか、毎日ビクビクしているに違いありません。きっと、#MeToo運動が極端に走れば、「Dietland」で描かれている女性の自警団が生まれ、これまで賄賂で口封じして来た被害者が立ち上がり、制裁を加えるかも知れないと、恐怖に慄いているに違いありません。ノクソンが発表した時を得た奇想天外なドラマは、何百年も抑圧されて来た女性達の怒りが爆発する、スカッとする復讐劇です。 このドラマが生まれた、日本からは絶対に見えない意味深な背景は次回に回します。お楽しみに!1
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◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。