新型コロナウィルスで必要以外の外出禁止令が出て、もう4ヶ月余りになります。私のように元々家に籠って仕事に励む隠遁者には、豹変したのは外界だけなのですが、肝心の身を置く場所、安らぎの空間が問題なのです。3年余り前までは、私にも心の休まる癒しの空間/安らぎの場所がありました。外界はどうであれ、静かで心穏やかに暮らせる場所があったのです。
壁を共有する二世帯が並列に建てられた住宅が私の借家です。日本では見かけないduplex形態は、1軒分の固定資産税を払って2世帯に賃貸できるので、家主には都合の良い賃貸物件です。私はここに2000年から住んでいますが、数年前隣に入居してきた、隙あらばと虎視眈々と狙っているゴロツキ一家と壁、裏庭、洗濯室を共有する羽目になり、平穏無事で静かな生活が根底から覆されました。一家は、大人3人と高校生1人、子供2人の計6人の大所帯で、明らかに定員オーバー。ゴロツキ三世代は人の迷惑顧みず、身勝手な行動をする「軒を貸せば、母屋を取られる」タイプです。
先ず、早朝5時から始まる途轍もない生活音。一体、何をしているのか、全く見当がつかないのですが、毎日家具を出し入れしているような音としか表現できないドタバタなのです。大人はがさつで声がデカい、子供は獣のようにそこら中を駆け回り、飛び降りる、喧嘩する、とにかく一日中、やかましい事この上ありません。外出禁止令で自宅謹慎が始まる前は、子供3人が学校にいる間の午前中の数時間は静かだったので、その間に鬼の居ぬ間に洗濯ができたのですが. . .
3月中旬からは、子供が四六時中家にいるため、猫の額の裏庭はゴロツキ一家の溜まり場/砂場/遊戯場/体育館となり、ゴミの山がどんどん大きくなる、行動の自由を制限されるがゆえに「拘禁反応」を起こし、狂気の沙汰が毎日の日課となりました。元々「その日暮らし」の知力の低い連中です。そんな輩に、非常事態だから身を慎んで、助け合うべきと説いても、馬の耳に念仏なのです。従って、コロナ以前と全く変わらない自己中の行動を続け、周囲にどのような迷惑をかけているかなど、何処吹く風なのです。平穏無事に暮らせない、買い出しも命がけになった世の中になったことに輪を掛けて、ゴロツキ一家の狂気の沙汰で、黙示録のような悪夢はますます悪化の一途を辿っています。
私は、姑息な人間を嗅ぎ分ける探知器を持って生まれました。このゴロツキ一家の夫婦を見た瞬間、危険信号!が鳴り響きました。第六感なので、どのような行動を目にしたから探知器が鳴ったと科学的に説明することはできません。幼い頃からこの探知器が人一倍敏感で、両親は第一印象で好き嫌いを決断する第六感を躍起で叩き潰そうと試みました。しかし、米国に来てからも、この探知器で何度救われたか分かりません。しかも、昨今の心理学や犯罪学などでは、人生航路の舵取り役をしてくれる天からの授かりものを、益々敏感になるよう訓練するべきと薦めます。
最初は誰も正体を見抜けず、私独りが「くわばら、くわばら!」と出来るだけ接触を避けました。しかし、市警察や保護観察官が総勢15人やって来て、家宅捜査をしたり、家の前でゴロツキ一家のアラサー姉御が薬物所持で手錠をかけられパトカーで連行されたり、早朝SWATが出動したりの異常事態が続いて、やっと化けの皮が剝がれました。すっかり騙されていた隣近所も、警察のお世話になる程のやくざな一家(仮釈放中の大人が2人)と悟り、私の危険信号が正しかったことが実証されました。しかし、長年人様をたぶらかしてきた人間の集まりです。そのあたりは心得たもので、「秋深し、隣は何をする人ぞ!」と、何もなかったかのように振る舞い続けています。但し、異常な生活音だけは、証拠がないので申し立てすることができず、初期に比べて嫌がらせ度が加わり、私はいまだに異常な騒音に苦しんでいます。壁の向こう側の音を録音する方法はないものでしょうか?
そんな切羽詰まった心境に送られてきたApple TV+のドキュメンタリー・シリーズ「ホーム」を視聴して、心が癒されました。自分が今置かれた状況を把握し、苦境に耐えながらも、いつかこの苦難も終末を迎えると信じて、わずか1時間足らずのドキュメンタリーに浸ると、現実逃避させてくれます。世界中から集めた独創的なマイホーム9軒のコンセプトから住み心地、使用した素材から環境との関係など、細部に渡って紹介します。又、設計施工、デザインを手がけた家主たちにインタビューしますが、9人中3人(*印)のみが建築家というのも更に興味深い点だと言えます。
第一話 スウェーデン アンダース・ソルヴァーム
第二話 シカゴ シアスター・ゲイツ
第三話 バリ エローラ・ハーディ
第四話 香港 ゲーリー・チャン*
第五話 メイン アンソニー・エステヴェス
第六話 インド アヌパマ・クンドー*
第七話 オースティン クリス・ブラウン
第八話 マリブ デビッド・ハーツ*
第九話 メキシコ アレクザンドラ・ラフシ
私がこんな家に住みたい!と思ったのは、第一話アンダース・ソルヴァームの家族を想う気持ちが隅々に表現されたネイチャーハウスです。元々は、お父さんの手を借りて周辺に生えていた木を使って巧みに組み合わせたログキャビンでしたが、双子の誕生で時間がなくなり、しばらく手付かずになっていました。きっかけは、双子の男の子ジョナサンが自閉症と診断された時でした。独りになって考える時間が欲しかった事と、1990年代に建築家ベングト・ワーナー(Bengt Werner)が発案したネイチャーハウスの本に遭遇した事でした。奥さんが昔アイスランドでネイチャーハウスに住んだ経験があった事もプラス要因でした。グリーンハウスの中に地中海気候を創り出す建築様式を知り、ログキャビンの屋根を平らにすることから始めたと説明しています。
技師のソルヴァームは、人にできる事なら、自分でも出来ると言う、確たる自信があるようですが、一旦何かに打ち込むと何もかも見えなくなり、没頭するタイプだと家族は指摘します。ジョナサンの自閉症を理解するために、あらゆる文献を読み漁った事も然り、自宅を自給自足のエコハウスにした事もソルヴァームの努力と頑固さの賜物です。自治体の公共下水道に繋げる事なく、独自の生活排水リサイクルシステムを考案し、市から様々な横槍を入れられたにも関わらず、 スウェーデンの最高裁からは「自治体の基準に勝るとも劣らない排水処理システム」と認定された程です。
何よりも素晴らしいのは、ジョナサンの環境への感覚過敏を優しく包み込む環境作りに成功したのみでなく、家族5人が心身共に癒され、未来に希望を抱けるマイホームを自ら創造したことです。お父さんの愛がビンビン伝わって来る、こんな環境で育ったら. . . .と涙、涙で視聴しました。「癒しの家」「希望に満ちた家」を、今何よりも渇望しているからですが、こんなに温かい人がいるんだ!是非、会ってじっくりとお話ししてみたい!と思ったのも確かです。
感銘を受け、夢と希望をもらったもう一軒は、第三話バリで紹介されたエローラ・ハーディの竹のみで構築したシャーマ・スプリングスです。トロントで生まれ、5ヶ月でバリに移り住んだハーディは、幼い頃からデザイナーとしての芽を育まれました。同時に、「異文化の中で自分の存在を主張することに躊躇した」と言うほどの繊細な女性です。そんなハーディに飛躍のチャンスを与えたのは、果敢にもNYに渡り、ダナ・キャランの広告デザイナーとして積んだキャリアでした。キャランのファッションショー用の布地をデザイン/ペイントして一躍脚光を浴びたものの、ファッション業界の使い捨て=消費文化が性に合わず、次は何か?と考えている時に、両親が竹で建てると決めたグリーンスクール建設を手伝うため帰郷しました。
竹は建材としては、租材と言う観念が一般的で、価値が低かったのですが、ハーディは母なる大地に何らかのお返しをしたいと願い、4年で建材になる竹に注目しました。グリーンスクール建築に手を貸した120人の従業員をそのまま受け継いで、IBUKUというデザイン会社を設立。竹栽培に関わってきた地元の人の知恵を借りて、建材としての処理方法を施して、自宅シャーマ・スプリングスを建設しました。以来、同様のバンブーハウスを20軒建設して、建材としての竹に世界から注目が集まり、バリの産業に貢献しています。
映像をご覧になれば分かりますが、斬新なデザインを目にしたある建築家は、「ハーディの作品は建築物とは呼び難い」とコメントしています。つまり、建築家が学校で学ぶ直線と箱で建物を設計する既成概念がハーディには植え付けられておらず、竹のしたいなりに任せてデザインする型破りな創意工夫力があるからです。ハーディは、「キャランの布地のドレープにヒントを得た」と述べています。更に、自然と人間に境を設けなければ、独創的なインパクトを与えることができると言う考え方、バリからもらった閃きに恩返しするなど、天才としての驕りがないところが、益々応援したくなるタイプです。ハーディの話を聞いていると、私にも何かできそう!と「元気、やる気、勇気」をもらえるから不思議です。
第四話は建築家ゲーリー・チャンのドメスティック・トランスフォーマー(約17畳のアパートの一室を用途に応じて24種類のレイアウトに変形できる過密都市型改修プロジェクト)、第七話では地面にしっかり根を下ろしたような、自然と一体化したガラス張りの折り紙細工のようなマイホームに住むクリス・ブラウン。又、第八話は古い旅客機の翼をリサイクルした「747ウィングハウス」で有名な建築家デビッド・ハーツのリサイクルプロジェクトです。セットデザイナーが捨てるのはもったいないと寄せ集めた建てた家を改築、改造しています。
「女三界に家なし」を身を以て体験している時だった事、米国中どの街に行っても家を見て回るのが大好きな事、建築に興味がある事、など様々な要因が重なって、ドキュメンタリー「ホーム」は私に仮初めのオアシスを提供してくれました。また、住まいが人間にもたらす心理的、精神的効果をまざまざと観た思いがします。
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◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。