前回、20年のTCA賞のノミネート俳優や作品をお知らせした際に、私が投票できずに涙をのんだエル・ファニング主演の「ザ・グレート」について触れました。今春デビューした新作の中で異色のドラメディー/ダークコメディだったにも関わらず、エミー賞(テレビアカデミー)には完全に無視されました。毎年、飽きもせず同じ作品や著名な俳優をノミネートするのが慣わしのテレビアカデミーのことですし、目新しいものには飛びつかない会員が圧倒的に多い組織ですから、毛色の違う「ザ・グレート」が認められるのは来年なのかもしれません。日本ではまだ配信されていないので、乞うご期待!の意味で、私のイチオシ「ザ・グレート」をご紹介します。
パイロットは、夢と希望に胸を膨らませて、ドイツ(プロイセン王国)から嫁いできた少女ソフィア(エル・ファニング)が、日々遭遇するピョートル(ニコラス・ホルト)の幼稚さ+気紛れ+奇行に失望し、お先真っ暗!の閉塞感と「こんな筈では. . .」と落胆し希望を失って行く過程が描かれます。男のオモチャか世継ぎを産む役目しか与えられていない貴婦人や女官たちは文盲で、日がな一日井戸端会議、ファッショントークと退屈な遊びに没頭し、嫁入り道具がほとんど本だったソフィアとは波長が合う筈がありません。逃亡に失敗したソフィアは、囚われの身となり、窮鼠猫を嚙むことになります。小娘だと思って高を括って服従を強いるとこうなりますよ!と言う、ダメ男への教訓でしょうか?(笑)
第二話以降は、ピョートルとの不仲から、半端ではない数の愛人を作る、夫の暗殺計画を練るなど、暗~い残忍極まりない逸話もある上、数々のスキャンダルの破廉恥さを目の当たりにすると、何処から何処までが史実なのだろう?とネット検索に走ることは間違いありません。それもその筈!「ところどころ史実に基づいて」の但し書き付き「ザ・グレート」は、夢見る乙女ソフィアが、近衛連隊と結託して、統治能力もロシアを想う気持ちも皆無のピョートルを失脚させ、女帝エカチェリーナ2世として34年君臨するに至るストーリーです。2020年1月17日に開催された同作のパネルインタビューで、クリエイター兼プロデユーサーのトニー・マクナマラは、「要所、要所に史実を用いて支柱とすれば、どんな建物を建てるかは、クリエイターの自由」と語りました。
マクナマラは常に自分が観たいと思う作品を創造するよう心がけており、ユニークなキャラが登場する時代劇ファンとして、「21歳になる娘も観てくれそうな、型破りでひねりの利いたドラメディー仕立てにした」と言います。道理で、体当たりコメディとあり得な~い!悲劇の間を、実に巧みに泳ぎ切っています。又、エカチェリーナが謀反を起こすために欠かせない三要素は、「教会」「軍隊」「貴族」と史実から読み取り、当時ロマノフ王朝に仕えた歴史上の人物+豊かな創造力を駆使して、エカチェリーナが即位(勝利)するために必要な将棋の駒役を、大司教、将軍、謀反を企てる貴族/ピョートルが妻に与えた愛人、国民を代表する女官等の取り巻きキャラに託しています。
「礼儀作法でがんじがらめになった、かしこまった宮廷ドラマは頂けない」と公言するマクナマラの心髄は、映画「女王陛下のお気に入り」で実証済みです。「女王陛下」ファンとして、「ザ・グレート」も同様のダークコメディに違いないと思ったのですが. . .「ザ・グレート」は2008年、オーストラリアで上演されたマクナマラの戯曲で、脚本を読んだヨルゴス・ランティモス監督からマクナマラに「女王陛下」を書いて欲しいと依頼がありました。つまり、「ザ・グレート」の土台があったからこそ「女王陛下」が完成したのです。
戯曲は、二幕に分けて、第一幕はロシアに嫁いできた少女が謀反を起こしてエカチェリーナ2世になるまでを、二幕は異国ロシアで啓蒙専制君主として君臨した30年余りを描きました。マクナマラは、戯曲を映画化しようと試みましたが、実現する前に、「女王陛下」に関わることになりました。「女王陛下」でニコラス・ホルトに出会った時に、「ピョートル役は決まり!」と思ったとか。更に、劇場用映画からHuluのオリジナルシリーズに切り替えたのは、エカチェリーナ2世の波乱万丈の人生は、二時間では語りきれないからです。
元々、エカチェリーナ2世を取り上げたのは、「見知らぬ国に嫁いだ少女が、マザコンで父ピョートル大帝とは月とスッポンの夫を倒して、女性の教育に力を注ぎ、啓蒙専制君主としてロシアを強大化する女帝になる出世話が気に入ったから」とマクナマラは言います。結婚の理想を母親に叩き込まれて、異国に乗り込んだものの、理想と現実は大違い!野蛮で粗野、幼稚で気紛れなDV夫に幻滅、それでも実家には戻れない、「どうしたものか?」時点から、「ロシアを啓蒙するのは私しかいない!」となり振り構わず突き進んだ女性は万人受けするヒロインです。揺るがない信念とプラス思考の賜物である’不屈の魂’を持つエカチェリーナは、「現代女性の鑑に相応しい」とマクナマラは判断しました。
コメディは初めてのファニングは、「恥ずかしいなんて言ってたら、コメディにならない。プライドを捨てて、勇猛果敢に立ち向かうしかない」と今回の初体験を語りました。エカチェリーナの不屈の魂に惚れ込んだことも、登板の動機。マクナマラは、「撮影現場で育ったプロなのに、純真さと好奇心でキラキラ輝いている。ファニング以外のエカチェリーナなんて考えられない!」と言います。確かに、ドラマとコメディの綱渡りを見事に実現したファニングには、目を見張るものがありました。
シーズン2の更新が既に発表され、即位後のエカチェリーナの生き様を早く観たい!と期待に胸を膨らませています。多分、日本でも近々配信されることでしょうから、是非ご覧ください。TCA賞で二者択一を迫られて一票を投じられなかった、罪滅ぼしの気持ちを込めて。
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◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。