「SATC」や「サバヨミ大作戦」で、日本でもお馴染みのクリエイター、ダーレン・スターがフランスで撮影した新ロマコメ「エミリー、パリへ行く」をご紹介します。カラフル、オシャレ、ロマンス山盛りと来た日には、ロマコメファンが飛びつくことは確実ですが、黙示録の真っ只中で身も心も荒んでいる全世界の視聴者を、美しいパリに誘う魔法の絨毯となって現実逃避させてくれるに違いありません。確か、スターのモットーは、「悲惨なドラマだらけのテレビ界で’逆流’すること」だったと記憶しています。
広告代理店ギルバート・グループで地味な製薬会社を担当するエミリー・クーパー(リリー・コリンズ)に、ある日降って沸いた美味しいパリ駐在の話!グループが買収した高級ブランド専門のマーケティング会社サヴォア・パリのSNS戦略刷新を図るべく意気揚々と乗り込みますが. . .フランス語のフも喋れない「田舎モン」への風当たりはきつく、仕事に生きる=人生を謳歌できないキャリア・ミレニアムが、初日からぶち当たる異文化の厚い壁は半端ではありません。オードリー・ヘップバーンの再来と言われる清楚で可憐なコリンズ主演のロマコメは、仕事、恋愛、友情におおわらわのエミリーの猪突猛進!パリ奮闘記です。
固定観念と伝統を頑なに守る上司シルヴィ(フィリッピーヌ・ルロワ・ボーリュー)は、「パリをテーマパークだと思って、遊びまくった挙げ句の果てに、後は野となれ山となれと帰国する小娘に引っ掻き回されてたまるか!」と、事ある毎に横槍を入れて来て、取り付く島もありません。フランス人から見れば、エミリーは傍若無人、無知、無作法、ガサツでダサい「醜いアメリカ人」でしかありません。しかし、持ち前の明るさとプラス志向で、シルヴィから箸の上げ下げに小言を言われても何のその!時にはヒョウタンから駒もありますが、伝統と固定観念に凝り固まった高級ブランドのクライアント(デザイナー、調香師、ホテルチェーンのオーナーなど)の頑な心に風穴を開け、SNSの口コミによる斬新なPRキャンペーンを次々と展開していきます。
「パリの美しさと名所名物を満喫して欲しい」と語るのは、バックパッカーとして訪れたパリの虜になってウン十年のスターです。エミリーのアパート以外は、全てパリと郊外で撮影。仏観光局の回し者?と言われても仕方がないほど、恥も外聞も無く、パリのカフェ文化、スイーツの名所を紹介し、エッフェル塔やセーヌ河畔の典型的パリ光景を映し出します。これまでパリに全く興味のなかった私も、コロナ禍前のパリのHD映像には、ウットリしてしまいました。美しい映像と異文化体験を気軽に楽しめるロマコメは、「ローマの休日」的現実逃避をさせてくれます。但し、エミリーは王女アンのような貴族ではありませんから、お忍び旅行の挙句の果ての切ない恋物語は期待できません。酸いも甘いも嚙み分ける大人になると、ハッピーエンドより「ローマの休日」や「ラ・ラ・ランド」のような、切ない終わり方が現実的で却って心に沁みるからです。
カラフルで、オシャレで、軽いタッチの「エミリー、パリへ行く」は、観る人によって見方は大きく異なると思います。私は、古い文化と新しい文化、デジタルイミグラントとデジタルネイティブの正面衝突と読みました。古い文化とは、伝統、洗練された美的感覚、時間をかけたモノ作り、ブランドの神秘性など、フランスが代表する古い世代の価値観です。逆に、エミリーが代表する新しい文化は、旧体制(ミレニアル以前の世代や既存体制、メディア、企業など)への強い不信、スピード第一主義、伝統や経験軽視など古いものを打ち壊すことを優先する価値観です。SNSの世界で生きるデジタルネイティブ対、変化の急流に押し流されまいと辛うじてしがみ付くデジタルイミグラントの正面衝突とも言えます。
先日観たBBCのドキュメンタリー「Inside Monaco: Playground of the Rich」を彷彿とさせました。老化の一途を辿っていたモナコ公国は、インフルエンサーを招いてモナコを開放し、若年層(主にテクノロジー成金)にアピールする情報拡散を始めました。従来、プライバシー厳守の余り神秘のベールに包まれていたモナコでさえ、金遣いの荒いテクノロジーオタクを招致するためには、SNSを利用しなければならない時代になったからです。最早、「知る人ぞ知る」「稀少価値」は無意味なのです。
ロマコメは何も考えずにウットリできるのが真髄です。中二病をこじらせたキャラたちが繰り広げる昨今のロマコメは、雑音が多過ぎてどうも頂けません。本作も、深刻な社会問題は避けていますが、さり気なく(?)書き込まれたものもいくつかあります。例えば、シカゴから送り付けられた「ギルバート・グループ十戒」なる社訓。「汝、遅刻するなかれ!」「汝、チームワークを乱すなかれ!」等、アメリカ式職場ルールでサヴォア・パリを仕切ろうとの魂胆です。フランス人でなくても、何様だと思ってる!と言いたくなりますよ。サヴォアは買収された側ですから、長い物には巻かれるしかありませんが、他人の家に土足で踏み込むような無神経なアメリカ人の横柄な態度を証明しています。昔取った杵柄の話で申し訳ありませんが、吸収合併や買収後の会社経営陣の異文化教育に携わっていたので、今以て懲りずに「醜いアメリカ人」を演じていると苦笑したシーンでした。
更に、セクハラ/職権濫用問題にも触れています。#MeToo運動の本家本元からやって来たエミリーが、米国ではセクハラと総称される職場に相応しくない行動(言い寄ったり、体に触れたり、意味深な発言や贈り物をする)を指摘しても、「はー?何のこと?」「そんなに目くじらを立てること?」と暖簾に腕押しです。2017年、往年の女優カトリーヌ・ドヌーブやブリジット・バルドーなどが、折からの#MeToo運動で次々と失脚する米国のセレブ男たちを、「ピューリタニズム(清教徒的過剰潔癖主義)の被害者」と弁護した事実が、こんな所に反映されています。性や愛に鷹揚なフランス人には、基本的には「男が女を口説くのは自然現象。職権濫用とか犯罪なんて、どこからそんな発想になるわけ?」と、実に不可解な運動なのでしょう。又、清教徒が建国したアメリカは、すぐに風紀委員を買って出る「かまとと」人種だと批判します。香水のCFをセクシーと観るか、女を欲望の対象としか見ない男尊女卑/女性軽視の目線(=セクシスト)と観るかを、SNSで消費者に判断を任せよう!と言う、エミリーの対応は「さすが、ミレニアム!」です。何よりも、ヨーロッパの若い女性の意見を聞きたいと思いました。
何も考えずに、エミリーの冒険に同乗するも良し、さり気なく書き込まれた異文化体験に興じるのも良し。ロマコメに飢えていた方、単に「何も観るものがない!」と嘆いていた方、只々現実逃避したい方、とにかく「エミリー、パリへ行く」は一見の価値があります。是非、お試しあれ。
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◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。