2021年冬のTCAプレスツアーは、昨年夏と同様、バーチャルで現在進行中です。1月26日から3月3日までと期間は長く、開催日は太平洋時間午前9時から午後1時まで3~4時間、Zoomの画面に釘付けとなります。
今回は、地上波局5局(ABC, CBS, CW, FOX, NBC)も参加し、2020年夏以上の賑わいを見せています。ナショナジオ、AMC Networks、OWNをはじめとするベーシック・ケーブル7局に加えて、プレミア・ケーブル局ShowtimeとHBOが参加した他、雨後の筍のように登場する動画配信サービス8社が新作を引っさげてパネルインタビューを実施。今年2月に登場したDiscovery+に始まり、Curiosity Stream、HBO Max、Peacock、YouTube、Apple TV+、Disney+など、比較的新しい会社が一堂に集まりしのぎを削っています。但し、Huluはディズニーの配信サービスなので、ABCの日に組み込まれています。
まだShowtime、Disney+、ABC2日、FOX2日が残っていますが、スケジュールを一瞥した限り、飛びつきたくなるような新番組が見当たらないので、見切り発車感は否めませんが、取り敢えず私が期待できる!?(注:この「?」が鍵です)と思った3本の新作をご紹介します。
今夏デビューが予定されている期待の新作は以下の3本です。
AMC Networks
*限定シリーズ「The Beast Must Die」
*ドラメディー「Kevin Can F*** Himself」
Apple TV+
*コメディ「Physical」
先ずは2話既に観た「The Beast Must Die」(ニコラス・ブレイク著の邦題「野獣死すべし」)は、前回「グッドファイト」のニューノーマルをご報告した際に、余談としてお知らせした、クッシュ・ジャンボ主演の限定シリーズ(6話)です。第2話まで観ると、ドラマの推理小説的設定とキャストの演技力に魅せられて、放送が待ち遠しくなります。
2月18日に実施されたバーチャル・パネルインタビューに参加したジャンボは、ひき逃げ犯人の復讐に燃えるフランシス役について、「こんなに身も心も疲れきった役は初めて!」と語りました。共演のジャレッド・ハリス(ジョージ役)が、休み時間に冗談を飛ばすなり、リラックスできるよう優しく気遣ってくれたお陰で「シェークスピア悲劇級の重厚なドラマの撮影を乗り切った」と言います。種明かしをすると、1938年発行の「野獣死すべし」の主人公は推理小説作家フィリックス・レイン(男性)でしたが、テレビ化/現代化するに当たって、クリエイターのギャビー・キアッピーが、女性教師フランシスに書き換えたものです。今の時代、子供の復讐に全力投球する母親の方が信憑性が高いからです。
「Kevin Can F*** Himself」は、昨年「シッツ・クリーク」でエミー賞コメディ部門助演女優賞を獲得したアニー・マーフィー主演の型破りなドラメディーです。米国のシチュエーション・コメディはテレビの歴史が始まって以来、主人公キャラの妻をないがしろにし、扱き使われても黙々と家事に勤しむことしか知らない、家族第一主義の専業主婦として嘲笑の対象/補佐的キャラ/単なる背景として扱ってきました。男が創作した世界は自ずと男性中心となり、刺身のつまは「耐える女」「待つ女」「素直に従う女」など、男社会の犠牲者となりました。
長年完璧な専業主婦を演じてきて、自分を見失ってしまったことにはたと気がついたアリソン(マーフィー)が、「耐える女」を演じるのはもう御免!と怒り心頭に発して謀反を起こし、自らの人生を切り開いて行きます。マルチカメラで公開録画する典型的なシチュエーション・コメディ・フォーマットの中で嘲笑の対象として生きるアリソンの世界と、シングルカメラで追うアリソンの現実の世界を擦り合わせる画期的且つ痛烈な風刺ドラメディーを目指します。
デビューは夏に予定されているため、2月18日に実施されたバーチャル・パネルインタビューに備えて送られてきたのは、上のトレーラーのみでした。パイロット版を観ただけでも、番組の善し悪しどころか何を言いたいのか不明だと言うのに、トレーラーのみでは判断は不可能です。
クリエイターのヴァレリー・アームストロングは、「4年前から温めてきたアイデア。脚本を書き始めた頃に、#MeToo運動が始まってしめしめと思っていたら、昨年パンデミックで自宅に監禁状態になって、女の不平不満が沸点に達したから、『これ以上我慢ならぬ!』と怒り心頭に発するアリソンが共感を誘う筈」と語りました。更に、マーフィーが「アレクシスの役はそれなりに面白かったけど、正反対の役をやりたかったし、何かを訴える作品に関与したかった」と発言し、夏が待ち遠しくなりました。
男女同権運動は、日本より30年先を行っていると思っていた米国で、再び「男に振り回されない自立した女になれ!」と呼びかけるドラメディー「Kevin Can F*** Himself」が登場するとは、意外や意外!でも、このドラメディーが提唱するウーマンリブは、男尊女卑を根刮ぎにしようと言うもっと抜本的な運動です。
3本目は、Apple TV+の新ドラメディー「Physical」です。但し、今年のエミー賞に提出する際には、コメディ・カテゴリーに押し込まれる可能性は高いと思います。理由は、1)ドラメディーのカテゴリーがない、2)ドラマは目白押しで最終候補番組5~6本に残る確率は極めて低い、3)今年のコメディ・カテゴリーには、「シッツ・クリーク」と言う名の強敵がいないからです。又、30分モノと言う事実も、コメディ・カテゴリーに押し込む立派な言い訳となります。
「Physical」は、完璧な専業主婦を演じてきたものの、本音と建て前の間を右往左往する、人には優しいが自分には超厳しいが故に摂食障害を患うシーラ(ローズ・バーン)の自分探しの旅を面白おかしく描きます。1980年代のサンディエゴを舞台に、世間体を生きるものさしとして来た完璧主義の専業主婦が、VHSテープ普及の波に乗って、ライフスタイルグルとして台頭して行きます。パイロット版からだけでは先が読めませんが、失敗や他人の目が何よりも怖いシーラが、内に向けていた自己嫌悪を外に向けた途端、夫婦の関係がどう変わるのかを深く探って欲しいものです。
ラディカル・フェミニズムを代表するグロリア・スタイネムを好演したバーンは、「『ミセス・アメリカ』撮影中に、登板依頼があって、脚本を読んでみたら、シーラは第二波フェミニズムを生きて来たのに、伝統的な専業主婦に甘んじるキャラだったの。『ミセス・アメリカ』の続きって感じで面白いと思ったわ」と語りました。「Physical」も、自己嫌悪でがんじがらめになっていた専業主婦が、エアロビクスに出会って、自立と能力開花に目覚めると言う女の旅路を綴ります。神経性過食症でコントロールして来た身体が、エアロビクスを体得することによって、生活力と言う名の武器に変わって行く過程が興味深く、Apple TV+にお目見えするのが待ち遠しいです。
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◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。