日本では、HBOと言う名のプレミアケーブル局が存在している訳ではないので、米国の誰もが描くHBOのカラーを説明するのは極めて困難です。地上波局やケーブル局が放送法でがんじがらめになって、生温い作品しか制作できなかった時代に、放送禁止用語やエログロを惜しげもなく満載し、衝撃的なドラマやコメディを次々と発表。広告収入で成り立っている地上波局やケーブル局と異なり、加入者料金が毎月入ってくる為、視聴率獲得策を練る必要がなく、一時は「誰も観ていなくても問題なし!」と豪語し、莫大な制作費を注ぎ込んで画期的な作品を放ってきました。数え上げればきりが無いほど、次々とヒットを放ちました。中でも、金持ちの目に余る超自己チュー的言動や、見るに堪えない醜態を描く作品は、業界こそ違えど、コメディ「Veep/ヴィープ」(政界)や「The Righteous Gemstones」(テレビ伝道)、ドラマ「ビッグ・リトル・ライズ」「フレイザー家の秘密」「キング・オブ・メディア」(メディア)等多々あります。今回ご紹介する「The White Lotus」もその流れを汲む社会風刺劇で、しかも地の利の観点から言うと「ビッグ・リトル・ライズ」はカーメル近辺の息を呑むほどの絶景でしたが、「The White Lotus」はマウイ島の絶景を満喫できるのも、類似点と言えるでしょう。
「The White Lotus」は、同局で2011~13年に放送された「エンライテンド」のクリエイター、マイク・ホワイトが全6話書き下ろし、監督したオリジナル限定シリーズです。最終話放送は8月15日でしたが、その前にシーズン2更新が発表され、爆発的人気を物語っています。「ビッグ・リトル・ライズ」も限定シリーズとして登場しましたが、好評を博したのでシーズン2が制作・放送されました。但し、「The White Lotus」の場合は、シーズン2と言っても、同名のリゾート・チェーンに舞台を移し、シーズン1とは異なるキャストで制作される、所謂アンソロジー・シリーズ(主題、形式は同じで、新たなキャストが演じるドラマ)です。
ロータス=水蓮なので、初めてタイトルを目にした際、私はアジアのいずれかの国(マレーシアとかタイ)が舞台とイメージしましたが、よく読んでみるとハワイと判明し、少々イメージが違うな. . .と思いました。尤も、アンソロジー・シリーズとして再登場させるには、ハワイを代表する花プルメリア等と名付けない方が良かった訳ですが、怪我の功名だったのではないでしょうか?lotus life=安楽な生活を意味する熟語と判明したので、ホワイトにインタビューする機会があったら、その辺の事情を是非とも聞いてみたいと思います。
英文評はこちらをご覧ください。
ハワイの離れ小島にある高級リゾート、ホワイト・ロータスに到着したのは、富裕層の特権意識を絵に描いたようなVIP宿泊客3組8人。レイチェル(アレクザンダー・ダダリオ)とシェーン(ジェイク・レイシー)は、NYからやって来たスピード婚カップル。到着直後から「予約したハネムーンスイートではない!話が違う!金返せ!」とリゾート・マネージャーを執拗に責め立て、何らかの対処をせっつき、果ては上司を出せ!に至る、常軌を逸したシェーンの振る舞いに、冷水を浴びせられた思いのレイチェルです。まがりなりにもキャリアゴールがあり、独立独歩魂で必死に生きてきたレイチェルは、たかが’提灯記事’ライターなど辞めてしまえ!あくせく働くのは貧乏人のすること!と言われ、結婚数日目にして、富裕層と貧困層では、人生から期待するものに雲泥の差があることに愕然とします。離婚の際に、結婚がキャリアの芽を摘み取ったと後悔する女性は数限りなくいますが、新婚ホヤホヤで「しまった!」と気付いた洞察力の鋭いレイチェルは、長い物には巻かれろと観念して、自分を殺して物欲と安楽な生活に走るのでしょうか?それとも、シェーンの軌道を敢えて外れ、早々に針路を切り替えて、独り立ちするのでしょうか?苦労/努力/思いやり等かけらもない自己チュー男シェーンは、「親の光は七光」を存分に振り翳して、新婦レイチェルのみならず、マネージャーをもパワーハラスメント*(職権濫用ならぬ、地位/権力/財力濫用)でねじ伏せて、期待通りの行動・反応を強要します。極め付けは、ホテルの手違いを解決するを口実に乗り込んで来たシェーンの母キティー(モリー・シャノン)。お邪魔虫は疎か、レイチェルの夢や希望をむしり取った上で、パットン家の嫁としての義務を諭す始末です。富裕層の特権意識が強要する弱者への醜いパワハラに生まれて初めて晒されたレイチェルの恐怖が、美しいマウイとハワイアン音楽を背景に、画面で披露されます。
*和製英語パワハラとは、一般的には職場の上下関係から生ずる虐めや嫌がらせとして使われますが、abuse of power=権利の濫用と内容は同じように見受けます。本文では、「有利な立場にいることを利用して、社会的地位の低い人達に理不尽なことを強要すること」として使用しました。
モスバッカー御一行は、テック会社を切り盛りするニコール(コニー・ブリットン)を頭に、妻の稼ぎで高級リゾートでの休暇を満喫することに引け目を感じる夫マーク(スティーヴ・ザーン)、19歳の娘オリヴィア(シドニー・スウィーニー)と16歳の息子クィン(フレッド・ヘッチンガー)の4人+αです。オリヴィアは、同級生ポーラ(ブリタニー・オグレイディ)とグルになって、クィンのイジメに徹し、旧い常識に基づいた両親の不用意な発言を糾弾しまくり、上から目線で周囲の人々を嘲笑して鬱憤を晴らします。内に秘めた劣等感や自己嫌悪を、毒舌で発散しては弱者を畏縮させます。たまたま超wokeで生意気な小娘たちの怒りの標的になった被害者は、たまったものではありません。
母親の骨壺を持って現れた女実業家タニヤ・マックワード(ジェニファー・クーリッジ)は、身も心も磨り減った脱け殻のようです。スパ・マネージャーのベリンダ(ナターシャ・ロスウェル)から癒しのカウンセリングを受けますが、親に虐待された被害者意識をしまい込んでいます。心に深い傷を抱えていながら認識できず、空虚感を酒と男で満たして来たタニヤは、所謂「感情の吸血鬼」(emotional vampire=ナルシストの被害者タイプ人間)です。依存心が強く、救助願望の強い人を嗅ぎ分けては、まとわりついて善意やエネルギーを吸い取ります。存在意義や存在価値を見出す旅路の一歩を踏み出したタニヤは、ベリンダの癒しセンターへの出資を餌に、巧みに被害者役を演じ続け、パワハラに徹します。安月給で辛うじて生活するお人好しベリンダにとっては、降って湧いたような美味しい話ですが、半信半疑のままタニヤのアリ地獄に引き込まれて行きます。しかし、その場しのぎの快楽に目が眩んだタニヤは、次の標的に出会った途端に、ベリンダの夢など何処吹く風です。
リゾート・マネージャーのアルマン(マレー・バートレット)は、VIP客の理不尽な要求の対処法を’トロピカル歌舞伎アプローチ’と称して、能面を着けて事務的に処理するようスタッフに叩き込む反面、VIP客を「何が欲しいかさえ分からない子供達」とさげすみ、適当にあしらわなければ、身体が持たないと信じています。しかし、食い付いて離れないスッポンのようなシェーンのパワハラには、お手上げです。ダブルブッキングした事実を認めず、再三のクレームを軽くあしらった事に輪をかけて、シェーンを挑発したことが裏目に出て、二進も三進も行かなくなります。ストレスが溜まりに溜まって、自暴自棄になっている折に、降って湧いた処方薬や非処方薬の数々!プライドが邪魔をして、金で何でも買えると信じて止まない富裕層特権階級相手の客商売には向いていません。
「The White Lotus」は、金持ちが人生に何を期待するか、期待を裏切られた時にどう反応するかを描く格差社会の惨状風刺劇です。但し、HBO局お得意の特権階級の見るに堪えない醜態を描く「キング・オブ・メディア」(2018年~現在)が、ローガン・ロイの跡継ぎ養成のハウツー本仕立てになっており、冷酷非情な自己チュー野郎を育て上げるために、人間としての品位(罪の意識や償い願望の芽)を無惨に摘み取る方法を描くのに対して、「The White Lotus」のクリエイターは、パワハラの陰に見え隠れする罪の意識や良心の存在を僅かながらも認めています。持てる者が幼い頃から叩き込まれた常識や価値観を持たざる者に強要すると、パワハラの加害者(強者)と被害者(弱者)の関係が生まれます。目に余る自己チュー言動、見るに堪えない醜態、許し難い破廉恥な言動と判断するのは、レイチェル、ベリンダ、リゾートのマネージャーやスタッフ等、弱者=被害者です。恵まれた環境で育った人には、普通/当たり前の行動で、「加害者側に属しているかも?」「理不尽な要求をしているだろうか?」と自省する人が中にはいる、いて欲しい!と願うホワイトの仄かな希望的観測ではないでしょうか?
「The White Lotus」に登場するキャラの中で、その場の状況に応じて加害者にも被害者にも豹変するオリヴィアとポーラのフレネミー(友達を装った敵)の関係が最も繁雑です。オリヴィアは白人特権階級の両親から「安定・自信・自由」基盤をあやかったラッキーなお姫様。常に優位に立ちたいがために、虚勢を張って生きるオリヴィアにとって、ポーラはペット=物でしかありません。米社会が「臭い物には蓋」とひた隠しにして来た制度的人種差別(法律や社会構造レベルに組み込まれた差別)を一手に引き受けてきた被害者=有色人種を代表するポーラの矢面に立って、加害者側(白人)のお姫様である事を棚に上げて、まるで救世主のように振る舞う自分が好きなのです。ですから、たかがペット如きが、自分にないものを手に入れると、以ての外!と怒り狂い、横盗りします。当然と言えば当然ですが、これも特権意識を振りかざすお姫様ならではのパワハラの一種です。しかし、私の癇に障った最大の偽善者は、既に彼氏を横盗りされていながら、友達の振りをして、金持ちの恩恵に預かる計算高いコウモリ女ポーラです。ニコールやマークが気兼ねなく吐く白人至上主義から生まれたあらゆる○○恐怖症的発言に一々ムカついて反旗を翻しては家族団欒の場をシラけさせるくらいなら、豪華旅行にタダ乗りしないで欲しいと思います。旧世代の不用意な発言に嫌な思いをする事が解っていて、それでも庶民には到底手が出ないリゾートでモスバッカー家と寝食を共にし、見るもの聞く事にピリピリ、イライラ、ムカムカ、薬の力で朦朧としていないと持たない!な~んて、(ニコールやマークに言わせれば)恩を仇で返す鼻持ちならない小娘でしかありません。wokeの象徴としてオリヴィアに利用されていると気付いた時点で、フレネミー関係を断ち切らなかったのは、ライバル心や敵意、本性を隠して、利用できるだけ利用して、隙あらば陥れてやろうと狙っているからに違いありません。怖~い!
「The White Lotus」には、私が現実に遭遇したことのあるキャラが登場し、貧富・社会的地位の格差から生まれる不平等を描きます。
持つ者:
1)親の七光りを笠に着て権利意識を濫用するシェーンやオリヴィア。
2)オリヴィアに利用され、同時に利用しているコウモリ女ポーラは、若くして飼い主の手を噛むことも厭わない卑劣さを持ち合わせているので、いずれ加害者になる素質は十分持ち合わせている。被害者を装った加害者?
3)叩き上げのCFOニコールと妻の七光りに劣等感を感じる負け組マーク。
4)親に虐待された被害者意識を捨てない限り、前進できない実業家タニヤ。
持たざる者:
1)玉の輿婚と言われる事に大いに抵抗を感じる努力家レイチェル。
2)お人好しの救助願望が祟って負け組に甘んじるベリンダ。
3)下手な抵抗を試みてシェーンとの闘いに敗れるアルマン。
いつになるかは不明ですが、日本で放送されるものと信じて、「The White Lotus」シーズン1の終焉には言及しません。貪欲な特権階級のパワハラが津波となって襲いかかった結果、辛うじて生き残った犠牲者も決して無傷ではありません。唯一の救いは、このリストに挙げなかったインドア派ゲーム好き男子クィンで、自分を探し当てた唯一のキャラとだけお知らせしておきます。
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◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。