今日ご紹介するのは、日本でも11月12日からApple TV+独占配信されている「となりの精神科医」です。2010年、ビジネス・ジャーナリストのジョー・ノセラが、ニューヨーク州サザンプトン市に購入した家の隣に住む、精神科医アイザック・ハーシュコフと、住み込みの庭師風(?)マーティン・マーコウィッツとの異常な関係に気付いたことに端を発しています。
Apple TV+の限定シリーズは、2019年以来人気を博しているノセラのポッドキャスト「となりの精神科医」で綴られた実話をテレビ化したものです。1981年から29年間に渡って、精神科医アイクが富豪の御曹司マーティとの間に築き上げた、治療枠を遥かに超えた「親友/ビジネスパートナー」という名の桁外れの搾取関係を暴く怖〜いドラマです。蔓がゆっくりと絡み付き、マーティの人生のあらゆる側面を占拠して行く様子を描くオープニングシークエンスが、ドラマの主旨を見事に表現しています。同Apple TV+で2019年12月6日から配信されている「真相 – Truth Be Told」ミステリーシリーズが、ポッドキャスターがミステリーを紐解く模様を描くのに対して、「となりの精神科医」というタイトルとは裏腹に、ノセラ自身は一切登場せず、30年近く続いた医師と患者のあるまじき搾取関係を描きます。
マーティン(マーティ)・マーコウィッツ(ウィル・ファレル)は、親の溺愛を受けて育ったため、40に手が届くと言うのに、未だに内気で世間知らずの事なかれ主義者。世間の荒波を処理してくれた両親を亡くした今、どのように生きて行ったら良いのか、皆目見当もつきません。家業のアソシエイテッド生地商店(AFC:劇場用舞台幕や衣装生地販売店)を続けて行こうにも、父の共同経営者だった叔父には訴えられる、客のクレームに対応できない等、気詰まりな状況を回避しようとするとパニック発作にみまわれ、二進も三進も行かなくなります。波風たてず、目立たず、ひっそりと生きて行く方法はないのでしょうか?お節介で口うるさい妹フィリス・シャピロ(キャスリン・ハーン)に薦められて、マンハッタンで開業する精神科医アイザック(アイク)・ハーシュコフ(ポール・ラッド)の心理カウンセリングを渋々ながらも受け始めたことから、マーティの人生は大きく狂ってしまいます。
米国留学中に心理学の授業を受けて以来、興味津々になった私は、移住してから嬉々としてセラピーに通い始め、長年に渡って、結婚前/夫婦/個人セラピーを受けました。離婚後、心機一転を目指してセラピーを続けましたが、過去(特に子供の頃に受けた傷)を掘り下げるのみの足踏み状態から抜け出せず、次第にセラピーの価値を疑うようになりました。離婚過程を通じて、読み漁ったセルフヘルプ本や、毎日欠かさず観たトーク番組「オプラ」から、「へー、そんな考え方もあるんだ!?」的新しい発見/学習を取得しては、セラピーで披露する悪循環(?)が続きました。そして、「たいへんよくできました!」スタンプをもらうためにセラピストにお金を払うバカバカしさに気が付き、以来セラピーはテレビ番組の中で楽しむようになりました。
そんな心理分析大好き人間が、タイトルを聞いた時点で、面白そうと期待に胸を膨らませていた限定シリーズが「となりの精神科医」です。しかし、実際に全8話を観ると、このシリーズの真の醍醐味は、ユダヤ人コミュニティで「スターのセラピスト」として名を馳せたドクター・アイクが、実は精神科医の皮を被ったソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)で、’飛んで火に入る夏の虫’マーティを搾取して私腹を肥やして行く過程を、犯罪心理学の観点から満喫できる事です。
ソシオパスとは、反社会的な行動や気質を特徴とする精神疾患(パーソナリティ障害)を抱えた人のことで、言い換えれば精神障害が反社会的な振る舞いとして表出する人間です。つまり、メンタルヘルスの権威だと信じてセラピーを受けてみたら、治療する側が精神疾患を抱えており、患者の事なかれ主義を手玉に取って、私腹を肥やす言語道断の輩であったというドラマです。カウンセリングは日常生活から切り離された特別な空間であって初めて有効になることから、治療枠を超えて私的な分野に踏み込むことを固く禁じています。しかし、セラピー初日からマーティの信頼と依存を獲得することに成功したドクター・アイクは、言葉巧みにマーティの寂しい独身生活に土足で踏み込んで行きます。そして、カルト教団の教祖様が、信者の絶対的盲信を要求するように、マーティを隔離且つ洗脳して、精神的虐待や搾取を続行していきます。
近年、多岐に渡るソシオパス(結婚詐欺、カルト教団、悪徳マルチ商法等)のドキュメンタリーが詐欺の手口を暴露するようになりました。しかし、どれ程警告しても被害者が後を絶たないのは、ソシオパスが変装の名人で、恰好の獲物と見れば、上手にカモフラージュを施して、忍び寄る捕食動物だからです。同じカモフラージュでも、重大な決断を下す立場にあるソシオパス(医者、弁護士等)は、人助け願望が強く、頼って来る人に弱いタイプで、患者やクライアントを助けている事に依存と快感を感じるので、真の魂胆を見抜くのは至難の技なのです。「となりの精神科医」は、「患者に害を成さない」と宣誓した医師が職権を濫用し、患者の弱味をフルに利用して、30年近く搾取し続けた好例で、「悪いようにはしない」が口癖のソシオパスの言動を鵜呑みにしたのがマーティの運の尽きだったという訳です。
29年間にドクター・アイクがマーティから搾り取った被害額は、32万ドルに昇り、マーティが医療過誤でNY市保健精神衛生局に告発してから何と11年もかかりましたが、ドクター・アイクは2021年春、免許取消処分を受けました。この種の医療過誤は、セクハラや性的暴行などと同じく、被害者に立証義務が課される上、損害と過誤の因果関係を客観的に証明するのが極めて困難だからです。
ソシオパスの被害に遭わないように、特徴をリストアップしてみました。1)極度のナルシスト、2)無責任、3)衝動的、4)平気で嘘をつく、5)欲しいものを手に入れるには手段を選ばない、6)恐怖・戸惑いを感じない、7)共感できない、8)ルール・法律等無いも同じ、9)人を欺き、巧妙に操る、10)自責の念や羞恥心の欠如です。「何か変だな?」と思ったら、このリストをチェックして、騙されないように十分、ご注意ください。
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◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。