※「キリング・イヴ」シーズン4のネタバレがあります。
2018年4月に米国放送開始となった「キリング・イヴ」は、スパイになりたい冴えないMI5保安局員とブランド嗜好のお洒落な殺し屋の愛憎の機微と、二人の摩訶不思議な関係が家族や友人に及ぼす波及効果を美しい映像とブラックユーモアで描いた、前代未聞のスパイスリラーです。従来男性が演じていたハードボイルドの殺し屋・スパイ・諜報員などが、全て女性という異色ドラマです。
2017年以降、英国を代表する若手女性万能選手(劇作家/女優/プロデューサー/脚本家)として尋常ならぬ実力を発揮し、エミー賞を始め計19賞を受賞したフィービー・ウォラー=ブリッジが、「キリング・イヴ1」のクリエイターであるだけに注目を集めました。小説「ヴィラネル」をテレビ化したウォラー=ブリッジが、「作風をそのまま映像化してくれた」と原作者ルーク・ジェニングスのお眼鏡に叶った上、2018〜19年に「キリング・イヴ」が名誉あるピーボディ賞以下各種団体から4賞を受賞。主演のサンドラ・オーは2018年にゴールデン・グローブ賞以下4賞、ジョディ・カマーは2019年にエミー賞ドラマ部門の最優秀女優賞と英国アカデミーテレビ賞を、同年フィオナ・ショウも英国アカデミーテレビ賞助演女優賞を受賞しました。
シーズン1最終話は刺客ヴィラネル(ジョディ・カマー)が、ダサいを絵に描いたようなMI5保安局員イヴ(サンドラ・オー)に刺され、シーズン2最終回ではイヴがヴィラネルに撃たれて、いたちごっこが互角になりました。シーズン3は、ローマでの惨事から半年後の設定で、イヴはロンドン郊外の韓国人街ニューモールデンで、傷跡とプライドを労わりつつ、レストランのまかない職をして場末のアパートに身を隠しています。
一方、イヴに駆け落ちを断られたヴィラネルは、「トゥエルブ」が派遣した恩師(?)ダーシャ(ハリエット・ウォルター)の薦めで刺客に戻りますが、暗殺請負人コンスタンティン(キム・ボドゥニア)やダーシャを遣う立場、つまり「トゥエルブ」の幹部職を目指します。しかし、一匹狼ヴィラネルに、管理職が務まる訳がありません。
ローマでの大失敗の責任を問われて、英国軍情報部第6課(MI6)ロシア部長の座を追われたキャロリン・マーテンズ(フィオーナ・ショウ)は、お先真っ暗。本当に捜査したい殺人事件からは締め出され、上司には足蹴にされて、手も足も出ません。しかも、長男ケニー(ショーン・デラニー)の死後、長女ジェラルディーン(ジェマ・ウィーラン)が、ストイックなキャロリンの世話を焼き始めたから大変。公私共、身の置き場を失ったキャロリンは、唯一スパイ稼業という接点のあるイヴに救いを求めます。
シーズン3は、イヴは好奇心、ヴィラネルはコントロール、キャロリンは仕事と、それぞれ執着の対象は違えど、要は心痛、罪悪感、恥に直面するのが怖くて、何かに固執していなければ生きて行けない哀しい三人の女を描きました。
漸く始まる最終シーズンを前に、シーズン4の制作総指揮/脚本家を務めたローラ・ニールが豪語した「破茶滅茶だけど、人情の機微を盛り込んだ、壮観な有終の美を飾って見せます」が、如何に具現されるかを巡って、評論家の間では様々な推測が飛び交いました。解決しなければならないことが山積みになっているからです。視聴者が何に重きを置いて(あるいはどの角度から)ドラマを観ているかで、優先順位は異なると思いますが、1)’思い込んだら命がけ’の三人の女の運命は?2)「トゥエルブ」の黒幕は誰?3)イタチごっこを繰り返してきたイヴとヴィラネルの関係はどうなる?が、解決して欲しい/しなければならない課題であることに間違いありません。
イヴは、警備保障会社に籍を置きつつも、要人のボディーガード等、スリル満点ではない仕事は適当にこなし、主君を失った浪人の如く、「トゥエルブ」の全貌を明かすべくヨーロッパを股に掛けて捜査活動に専念。ヴィラネルが幹部職に相応しい人材であるかを見極める面接官だったエレーヌ(カミーユ・コッタン)から、芋ズル式に黒幕に到達しようと企んでいます。イヴは最早、己の冷酷非情な影の部分に全く違和感がなく、ターゲットに近付く変装やキャラ作りが板につき、ヴィラネルやエレーヌ宛らの刺客と化しました。
キャロリンはMI6を追われ、マヨルカ島の英国領事館に左遷となり、暇を持て余しています。ロシアに熟知している私を差し置いて、「トゥエルブ」を撲滅しようとは言語道断!と息巻いていますが、息子ケニーの暗殺は誰の差し金だったのかを探るため、ロシアの旧知を訪ねて深く静かに. . .と思いきや、「トゥエルブ」の拷問暗殺を辛うじてまぬがれたターゲットを訪ねて、ハヴァナに向かいますが、キャロリンの身にも危険が迫っています。
最終シーズンは、すっかり元気を取り戻したイヴに対して、イヴの許しを請うために、信仰の道を選んだヴィラネルの異常な行動が描かれます。サイコパスがある日突然、改心して周囲の祝福を獲得しようと必死になる、しかも自分の為ではなく、イヴの気を引く作戦と、かなり稚拙な論理です。そんなに簡単に人間が変われる筈がありません。何しろ、ヴィラネルのサイコパスは年季が入っていますから、祈ったぐらいで過去を消し去る訳には行かないからです。洗礼式に姿を現さなかったイヴに怒り狂い、教会でついつい素人(=暗殺ターゲットではない)を殺めて、追われる身になってしまいます。
制作総指揮者は、シーズン1のウォラー=ブリッジから→シーズン2エメラルド・フェネル→シーズン3スザンヌ・ヒースコートとバトンタッチし、最終シーズンは、ローラ・ニールが締め括り役に抜擢されました。シーズン2のフェネルは、政権交代発表がなければ全く気が付かなかったと思う程、会話も雰囲気も作品カラーも同一に仕上げることに成功した上、ヴィラネルのブラックユーモアに磨きがかかり、吹き出すシーンが増えました。
ヒースコートが担当したシーズン3は、ヴィラネルの殺しのプロセス、キャラ作り、更にはファッショナブルでグルメ志向など、シーズン1〜2をユニークで楽しいスパイドラマにした要素が完全に消えてしまいました。ヴィラネルが産みの親を訪ねあて、生い立ちを探ったのもその一因です。現在のヴィラネルの人となりを形成した母親を観ると、確かにこんな親に捨てられ、児童養護施設で育つとこうなるのは当然!と納得し、ヴィラネルも人の子と親近感を抱いてしまう’お涙頂戴的’筋書きになっていたからです。サイコパスはサイコパスで、良いではありませんか?ヴィラネルからあの気狂い沙汰を取り除いてどうしようと言うのでしょう?ロシアの施設で9歳のヴィラネルに遭遇した際、「もう立派なサイコパスだった」とキャロリンが語るシーンがあり、善人になろうと努力するなんて時間の無駄、これは誰にも負けない!と言える(サイコパスの?)才能を育んでどこが悪い?的発言で、ヴィラネルを励ます(?)場面がシーズン4に書き込まれています。
2020年5月31日に「キリング・イヴ3」は、ヴィラネルとイヴがロンドンのタワーブリッジで何とも切ない別れ方をして終わりました。ですから、余計に「キリング・イヴ4」の終末が、色褪せて見えるのかも知れませんが、私は切ない余韻が心に残ったので、あれこそ有終の美だったのにと比べてしまいます。数々の惨殺シーンが、ニールが指摘した「破茶滅茶」だったのでしょうか?血みどろが苦手な私は、何度目を覆って早送りにしたことでしょう。正直な所、「えーっ!それはないでしょう」と思わず目を見張ってしまいました。毎シーズン、新たなクリエイターが「キリング・イヴ」を振り出しに戻して制作する、前代未聞のリレーが祟って、取り留めも一貫性もない最終シーズンとなったのではないでしょうか?
三人三様の捜査の結果、最終的にはイヴとヴィラネルが手を組んで、トゥエルブ黒幕に挑むことになりますが、要は、私の優先順位1)’思い込んだら命がけ’女のうち誰が死ぬのか?が、もっとも興味ある点です。サイコパスは善悪の基準もありませんし、逆境を乗り切るためには汚い手を使う事も朝飯前ですから、生き残りを掛けた勝負には強い筈。最初は、ヴィラネルが生き残り、イヴとキャロリンが一巻の終わり!かな?と思いました。しかし、どう考えても一筋縄では行かないキャロリンに最後が訪れるとは思えません。ドラマのタイトル通り、イヴが死ぬ?とも仮定してみましたが、私が行き着いた結末は、生まれつきではないとしても、幼い頃から叩き込まれたサイコパスをまともな人間に戻す事など不可能なので、ヴィラネルが本当に改心したと証明したいのなら、イヴを守って死ぬしかないのでは?と思いました。4月10日、コライダー・エンタメサイトで、私の想像が当たらずも遠からずだったことを、ニールが明かしています。
3)イタチごっこを繰り返してきたイヴとヴィラネルの関係の行く末は、あの手この手で二人が真摯に向き合うチャンスというチャンスを叩き壊し、最後の最後まで引き延ばした為、気の抜けた炭酸飲料のような感じでした。「風の勇士 ポルダーク」(2015〜19年)の最終シーズン同様、今シーズン新たに加わったどうでも良い(失礼ですが)キャラたちに時間を割き過ぎて、肝心のイヴとヴィラネルの関係は、完全に最終話まで引き延ばされました。二人の摩訶不思議な関係をほとんど理解できない私は、今シーズン第一話から、二人が駄目元を承知で暮らし始め、同類になったからにはと、コンビを組んで必殺仕置き人になって欲しかったと思うのですが. . .尤も、とても美しい終わり方だったと絶賛するファンもいますから、例によって例の如く私はメジャーではないからかも知れませんね?
サイコパスと言えば、ヴィラネル並みの冷酷、無慈悲、良心/恐怖心/罪悪感の欠如を露わにして治療を受けていた、コンスタンティンの愛娘イリーナ(ユリ・ラゴディンスキー)の出番を首を長くして待っていましたが、電話口でエレーヌにリクルートされ、「トゥエルブ」の刺客になったことを父親に告げるだけに終わってしまいました。コンスタンティンが最も恐れていた結果になった訳です。この親にしてこの子ありと言うではありませんか?あの環境で育ったら、ヴィラネルの二の舞になるのは当然です。
次に気になる2)「トゥエルブ」の黒幕は誰なのか?が、明らかになったかどうかは(3回見直したにも関わらず)疑問です。要は、1979年、ベルリンで発足したアナキスト組織を「トゥエルブ」と名付けたのも、幹部として親玉ヨハン(シギ・インヴァーソン)=現在ラーズ(インヴァー・シガードソン)に手を貸したのも、ヒッピー風ジャニス=キャロリン(二重スパイ)だったと判明します。そして、組織に入り込んでいたもう一人の二重スパイ(ドイツ人と偽ってロシアから派遣された)カール(ルイス・ボドゥニア・アンダーセン)=お馴染みコンスタンティンです。身元がバレそうになって、ジャニスとカールが消した筈のヨハンと、ハヴァナでバッタリ出くわしたキャロリンの仰天振りは半端ではありません。それでも、ケニー暗殺は誰の差し金だったのかは謎のまま。そして、最終回で生き残ったキャロリンは、元々「トゥエルブ」の黒幕だったのか?ラース死後に手に入れた黒い手帳を手掛かりに、黒幕の地位を獲得したのか?不明のまま、完となりました。はーっ?!
「カウンターパート」(2017〜19年)シーズン2が、1987年東ドイツの科学者の実験が失敗して、分岐を続けてきた並行次元の起源を探ることに専念し、視聴者が最も知りたかったJK・シモンズが演じる’アルファ’と’プライム’がどのような変化を遂げて行くかが完全に無視され、尻切れトンボ、気の抜けた炭酸飲料のような’完’を迎えた時と同様の印象を受けました。土壇場での軌道修正(retroactive continuity=retconと省略)は、シリーズが抱えている矛盾点を解決するために使われる方法で、前代未聞のクリエイター・リレーが祟ったのでしょうか?キャロリンが謎の組織「トゥエルブ」の歴史や黒幕を知っていたのなら、何故イヴを雇ってヴィラネルを割り出そうと躍起になったのでしょうか?MI6のロシア部長と言う仕事柄、躍起になったフリをしていたとも考えられますが、だったらサイコパス権威を目指す意欲的なイヴを雇うのは得策ではありませんよね?コンスタンティンは、何故、「トゥエルブ」で働いていたのでしょう?ヨハンがラーズと名乗って生きているのなら、先ずはコンスタンティン、次にキャロリンの暗殺を考えなかったのでしょうか?
疑問は次々と湧いてきて、シーズン1〜3を遡って、キャロリンの行動をチェックするしかないのかな〜と思う反面、そんな暇な人がいるのか?私はそんな暇はないので、コアファンのレポートを待つしかありません。4月16日に発表されたニュヨーク・マガジンのヴァルチャー・エンタメサイトは、キャロリンを主人公にしたスピンオフシリーズの企画があるため、このような辻褄の合わない結末となったらしいと報じています。それって、本末転倒ではないですか?ヴィラネルのいない世界など、観たいと思う人がいるのでしょうか?
ハリウッドなう by Meg ― 米テレビ業界の最新動向をお届け!☆記事一覧はこちら
◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。