嘗ては、ネットで見たり読んだりした事を’真実’と勘違いしてはいけないと警告されたものですが、今やSNSは正にハッタリの世界といっても過言ではありません。外見から発言まで脚色されていないものを探す方が、至難の技!アンナ・デルヴィー(本名ソローキン)、ファイア・フェスティバルの創業者ビリー・マクファーランドやセラノス社創業者エリザベス・ホームズ等に代表されるミレニアル詐欺師(1981年〜1996年生まれ)が続々と登場するようになったのは、図太さ・大風呂敷と見掛け倒しのHP/SNSさえあれば、詐欺を働くことがいとも簡単なデジタル/インフルエンサー時代だからです。就職氷河期にはインターンにさえなれず、コツコツ働いて出世街道まっしぐらの馬鹿馬鹿しさに気づき、誇大なアイデアで億万長者になった起業家の贅沢三昧の優雅な生活のイメージをこれでもかこれでもか!と見せつけられると、ハッタリと嘘で自分も成功を掴めると思うようになるとか。写真や映像にアップしなかったイベントや出来事は、実際に開催されたの?あったの?と疑うほど、デジタルイメージの世界のみに生きるミレニアル世代が、詐欺師世代と呼ばれる所以です。
去る2月4日に「過去10年に続出したミレニアル詐欺師の実話ドラマ化」の第一弾として、ネットフリックスのドラマの高視聴率トップ」配信開始から28日間の視聴時間総計5億1千192万時間(こんな単位で言われてもね〜、現実味がゼロ)を記録して、最新リストの7位に位置する人気ドラマ「令嬢アンナの真実」を全世界同時配信前にご紹介しました。本作を皮切りに、オンライン記事/伝記ならぬ’戦記’/ポッドキャスト等を基に、ディスラプター(デジタル技術を駆使して、既存のビジネスモデルや商習慣、市場原理や業界の壁を破壊・変革しようと試みるイノベーター)トラビス・カラニック、エリザベス・ホームズ、アダム・ニューマンの三人のミレニアム詐欺師物語が、次々とテレビ化されました。
2月27日より、Showtimeプレミア・ケーブル局で放送されたのは、ウーバー創業者トラビス・カラニックの盛者必衰を記録したマイク・アイザックの著書「Super Pumped: The Battle For Uber」を全7話で綴るアンソロジーシリーズです。「Super Pumped: 〜」の同タイトルのもと、毎シーズンビジネス界を揺るがした企業を紹介して行く予定で、シーズン2はマーク・ザッカーバーグとシェリル・サンドバーグを取り上げます。
日本では、白タク扱いになるため、フードデリバリーと遠隔地での営業しか許可されておらず、馴染みは薄いかも知れませんが、2009年に台頭したウーバー社は、旧態依然としたタクシー業界に殴り込みをかけて、配車アプリとライドシェアで’移動手段’概念を根底から覆した画期的な企業です。2013年には、世界最大級のユニコーン企業として飛ぶ鳥を落とす勢いがありました。
因みに、ユニコーン企業と呼ばれるためには、下記の4条件を満たす必要があります。
1)設立から10年以内
2)企業評価額10億ドル以上
3)テクノロジー会社
4)非上場ベンチャー企業
アイザックの著書「ウーバー戦記 いかにして台頭し席巻し社会から憎まれたか」の邦題が見事に表現していますが、血気盛んで悪辣非道の創業経営者トラビス・カラニック(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)が我武者羅に世界制覇を目指す戦記です。革命児/問題児、ディスラプターが、壮大な使命感に燃える余り、自分の意に沿わない人間は全て「敵」と見なし、所構わず戦さを仕掛ける戦争狂ぶりを発揮して、経営を任しておけないと判断した投資家軍団から辞任を迫られるまでの盛者必衰を描きます。
私は、詐欺師(特に無情で凶暴な自己愛性ソシオパス)の盛者必衰を心理分析するのが大好きなので、楽しみにしていました。局から送られて来た試写用のスクリーナーを観て、何の知識もなかったカラニックの’テック業界のトランプ’的自己チュー/誇大妄想狂/豪腕/悪辣非道振りに、開いた口が塞がりませんでした。あれだけ阿漕なことを繰り返せば、ウーバーボイコット運動が起きる訳です。でも、「令嬢アンナの真実」同様、どれが事実で、どこからがフィクションなのか?と、原書「Super Pumped: The Battle For Uber」を早速読んだところ. . .余りの面白さに圧倒されると同時に、カラニックの狂気の沙汰や修羅場、不祥事は決して作り事ではないと判明しました。
トランプ同様、カオスを生き甲斐とするカラニックは、悪ガキ振りやブラックベンチャー振りが、メディアの恰好の標的となりました。会社の成長あるのみ=VC(ベンチャー・キャピタリスト)に儲けさせれば、何をしても許されると勘違いしており、世間やマスコミに憎まれる理由が理解できません。叩いても、殺虫剤をかけても、一瞬ひるみはしても絶対に死なないゴキブリのようだと思いましたが、英文評を書くためのリサーチ時に、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が著作「WILD RIDE (ワイルドライド)ウーバーを作りあげた狂犬カラニックの成功と失敗の物語」で使用した’狂犬’という表現がドンピシャだ!と感心しました。
同じタイトルでも、原著をそのままテレビ化した訳ではなく、何に焦点を合わせたか?と言うと. . .
1)「Super Pumped: The Battle For Uber」の中では、ほんの数ページしか言及されていない、ベンチマーク社のビル・ガーリー(カイル・チャンドラー)と、反抗期の二歳児のようなカラニックとの一騎打ちが、シリーズの焦点です。ガーリーは、シリコンバレーのVCの中でも特にハートのある起業家育成コーチ的投資家として知られていますが、ディスラプター/業突く張りと知りつつカラニックを見込んで投資しました。しかし、従業員感謝デーと称して乱痴気騒ぎ、ウーバー運転手の取扱いや世界各地で勃発するウーバー絡みの犯罪等が企業イメージを傷つける一方と懸念し、リーダーに相応しい謙虚さや誠実さ等々を叩き込もうとしますが、一筋縄では行かない狂犬/自己愛性ソシオパスだと気づきます。金を出すからにはアドバイスや忠告をするのが当たり前と信じるガーリー対、誰にも口出しさせるものか!拡大あるのみ!投資を何倍にもして上場時に儲けが出れば、何をしようが俺様の勝手!と凶暴で破壊の方向に暴走するカラニックとの死闘が繰り広げられます。悪辣非道な革命児が富と権力を手にして行くのを見守る、利益一辺倒のシリコンバレー文化を描き、カラニックに真っ向から立ち向かうまともな人間が原著にはほとんど出て来ないので、ドラマの方が勧善懲悪・因果応報に近くて、スッキリしました。それでも、あれだけ擦った揉んだして、辞任に追いやられても、現実にはカラニックが持株の90%を売却して、27億ドルとも35億ドルとも評価される保有資産で、新たに起業しているところを見ると、あの死闘から何も学んでいないの?相変わらず、狂犬は前進あるのみ!?と思ってしまいます。お金さえ積めば、過去や汚名は水に流してもらえる業界ですから、反省する必要など、どこにもないと言うことなのでしょう。
「令嬢アンナの真実」の記事に指摘したように、ソシオパスの行動パターンは、1)極度のナルシスト、2)無責任、3)衝動的、4)平気で嘘をつく、5)欲しいものを手に入れるためには手段を選ばない、6)恐怖・戸惑いを感じない、7)共感できない、8)ルール・法律等無いも同じ、9)人を欺き、巧妙に操る、10)自責の念や羞恥心の欠如です。
一方、シーズン後半に登場するハフポスト創業者アリアナ・ハフィントン(ユマ・サーマン)は、狂犬を瞑想や呼吸法などで手なづけ(上部だけ?)、グーグル社やVCに刃向かうカラニックを支援し、まるで母親の様に擁護します。謙虚で誠実なガーリーと、’星占い’の語り口で投資家を煙に巻くハフィントンとの間で繰り広げられる腹の探り合いは、見応えたっぷりです。しかし、ハフィントンの動機は最後まで明らかにされず、最終的に巨額の富を手に入れたのかどうかも不明ですが、カラニック同様の悪辣非道な手口と日和見主義でのし上がった強かなハフィントンですから、単なる善意でカラニックに近付いたとは思えません。男尊女卑を自ら体験しているにも関わらず、ウーバー社風のセクハラには大して共感している様子はなく、禅問答には長けていますが、本音はどの辺にあるのでしょうか. . .?
2)ドラマで描かれるカラニックの豪腕振りや悪辣非道振りは、分厚い原書に記録された狂気の沙汰の3分の1ほどです。特に、マスコミが嬉々として報じたウーバーの違法行為や、カラニック自身の失態や失言、競争相手の積極的営業妨害、乱痴気騒ぎ、セクハラ、パワハラが、これでもかこれでもか!と綴られています。
3)ドラマではさらっと流していますが、原著にはカラニックが前代未聞の嫌われ者になった原因にも触れています。ディスラプターにありがちな大学中退、18歳で検索エンジン開発に乗り出しましたが、ハリウッドの伝説的エージェント、マイケル・オーヴィッツを信用して裏切られたり、仲間割れで倒産した苦い経験の持ち主。株を売却して手にした億円単位の資産を元手に、友人ギャレット・キャンプのリムジン調達願望アプリに便乗して、2009年にウーバーの共同創業者兼経営者となりました。2013年時点でユニコーンの代名詞となったウーバーですが、オーヴィッツに小突き回された体験や投資家マーク・キューバンのFoMO(Fear of Missing Outの略。フォーモ:取り残される事への恐れや不安、見逃しの恐怖)に訴えられず投資を拒否されたことを根に持っています。弱味を見せまいとする余り、勝つ為には如何なる悪行も平気でやってのけ、やられっ放しでは男が廃る的体育会気質を社風とし、「超気合を入れる」(=Super Pumped)など14ヶ条を掲げるカルトリーダー的振る舞いで、世界制覇を目指すようになります。
アマゾンを生み出し、小売業界のみならず、全ての業界を震撼させて忌み嫌われる一方、消費者の望みを叶える革命児ジェフ・ベゾスを目指す狂犬カラニックは、母親譲り/生来の営業マンで、新参者と言う意識(=謙虚さ)を一切持ち合わせていません。ナルシスト(自己愛)度の高いソシオパスは、自分は超ユニークだと誇大な幻想を抱き、エリート中のエリートとしか交わらない特権階級意識満々。荒唐無稽の大風呂敷を広げては、VCを募り、付かず離れずの距離に置いて(金は出しても、口出しするな!の横柄な態度で)銀行替わりに遣う達人です。何しろ、御山の大将ですから、人に指図されたり、つべこべ言われると、凶暴且つ破壊的になり、何が何でも障壁をぶち壊して突き進み、我を通そうと躍起になります。しかも、行く手を遮るVCや競争相手からアップル、グーグル級の企業までを障壁と判断すると、ブルドーザーと化して周囲を薙ぎ倒してでも猪突猛進する狂犬です。1役員1票制度ではなく、複数議決権式株式にすることで、ウーバーの運命の最終決定権を仲間数人で維持しておけば、企業拡大に力を注いで投資家に儲けさせている限り、何をしても追い出されることはないと高を括っていました。革命児も一旦体制に組み込まれるほど会社を大きくすると、独裁者に変身してしまうものなんですね〜。
あれだけ、経験を積んだ多数の大人に見守られ、有り難〜い忠告・指導を受けながら、己の才能や経営力を過信し、自分が居なければ世の中が回っていかない!と言う強迫観念に駆られたのは、自己嫌悪の裏返しだったのではないでしょうか?ウーバーを急成長させたカラニック自身が、失墜の起源になるとは?皮肉なものです。
LAに住んでいると、全て自家用車で事足りますが、空港へ行く時だけは、シャトル(予約制乗合バス)を利用していました。2017年、日本からLAに戻った日、自宅に向かう空港シャトルの運転手が「ウーバーという画期的な会社の運転手になれば、好きな時に働く自由が楽しめる!」と嬉々として語り、私は「え、それって白タクのこと?自由業って、そんな甘くないんだけど. . .福利厚生もないだろうし。」と考えたことを、今でもはっきり覚えています。スマホのお陰で、’移動手段’を始め、世の中が豹変してしまいました。ったく!余計なお世話ですよ!誰が変えてくれって言いました?シャトルで事足りてたのに。リフト社創業者ジョン・ジマーが、ガーリーに「『勝ちは全て俺様のもの、負けは人の所為』という奢りをいつまでも野放しにしておいたら、カラニック号と一緒に沈没する時が来ますよ」と警告するシーンを観た今、ウーバーを一度も利用したことがない事を誇りに思うようになりました。あんな人情のかけらもない、独り善がりの狂犬に1セントたりとも貢献する気はサラサラありません。私のアマゾン嫌いは記事にも書きましたし、アマゾン非売運動に参加して、出版業界や小売業界を支援してきました。また、ボイコットする会社が増えただけです。尤も、ウーバーも料金がタクシー並に高騰したと聞きます。コロナ禍という天災が、ウーバーを豹変させたとしたら、これほど面白いことはありません。
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◇Meg Mimura: ハリウッドを拠点に活動するテレビ評論家。Television Critics Association (TCA)会員として年2回開催される新番組内覧会に参加する唯一の日本人。Academy of Television Arts & Sciences (ATAS)会員でもある。アメリカ在住20余年。