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ミレニアル詐欺師第三弾は、第二のスティーブ・ジョブスを目指したセラノス社創業者エリザベス・ホームズ 「ドロップアウト〜シリコンバレーを騙した女」はホームズに好意的過ぎて、シャーデンフロイデを味わえない

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仕事が生き甲斐、一度も休暇をとったことがないことが自慢、厳格な菜食主義、秘密主義など、何から何までスティーブ・ジョブスを模倣し、イメージを捏造してスーパー・ユニコーンの座についたエリザベス・ホームズ。斬新なビジョンに釣られてホームズを教祖と崇めていた人は多いが、実は巧妙な手口でシリコンバレーのモットー「できるまでは、できるフリをしろ」を実施していたに過ぎない。

シリーズでお届けしているミレニアル詐欺師第三弾は、ABC報道部レベッカ・ジャーヴィスのトゥルークライム・ポッドキャストをテレビ化した限定シリーズ「ドロップアウト〜シリコンバレーを騙した女」です。「男社会に楯突いたから、魔女狩りされたの!私は犠牲者よ!何も悪いことなんかしてない」と主張しても投獄された「令嬢アンナの真実」のアンナ・デルヴィー同様、有罪判決を受けた元セラノス創業経営者エリザベス・ホームズの栄枯盛衰を全8話で綴るHuluオリジナル限定シリーズです。

2022年1月4日、投資家から7億ドル余りを騙し取った詐欺罪で有罪判決を受けたホームズは、50万ドルの保釈金を積んで、現在9LDKの豪邸(評価額1億3千5百万ドル)でぬくぬくと暮らしながら、来たる9月26日の判決宣告を待っています。何しろ、2019年に密かに結婚した相手がホテル王の御曹司で(例の1%の1%階級)、隣人は、ミシェル・ファイファー、ニール・ヤング、そしてセラノスへの巨額の投資がパーになったラリー・エリソンと言いますから、開いた口が塞がりません。ギレーヌ・マックスウエルと同様、ホームズも富豪と結婚して、隠し財産を夫の名義に書き換え、被害者への賠償金に持って行かれないよう、先手を打ったに違いないと読んだのは、貧乏人のひがみでしょうか?

スーパー・ユニコーン、メディアの寵児として一世を風靡したエリザベス・ホームズ(アマンダ・サイフレッド)の創業秘話は、日に日に尾ひれはひれが付き、広げた大風呂敷を死守するため、社内、社外とも極端な秘密主義に走る。スティーブ・ジョブスの秘密主義は有名だったから、タートルネックから経営方針までそっくりそのまま模倣する計画だったに違いない。(c) Beth Dubber/Hulu

 

2019年、アレックス・ギブニーのドキュメンタリー「Inventor: Out for Blood in Silicon Valley」(HBOで放送)で、ホームズを見た時の第一印象は、「これって、最新のAI?」でした。不自然なバリトーン、まるで催眠術をかけようとしているかのような瞬きゼロの直視に、血が凍るような恐怖を感じました。ソシオパスやサイコパスは瞬きしないと、どこかで読んだ覚えがあるからかも知れませんが、ホームズの何もかもが人間離れしていたと言うか、コンピュータのような無生物の冷たさを感じました。権威を誇示するために、バリトーンで話す練習を重ねたと言いますから、正にスティーブ・ジョブス=アップルに追いつけ、追い越せ!をモットーに、都合によって現実を自由自在に曲げて、絵空事を実現しようと試みたディスラプター/セラノス教の教祖様です。

一滴の血液から200種類余りの検査をスキャンする卓上血液検査器で、ヘルスケア業界に革命をもたらすディスラプターだと語る様子に、「そんなこと、無理無理!」と思わず吹き出してしまいました。私は、製薬/バイオテク業界で働いていた人間なので、例えば「一滴で健康診断に必須の基本的検査5〜7種類ができる」程度であれば、信じたかも知れませんが、検査メニュー次第で通常15〜30mlの採血を必要とする血液検査を、「一滴」で賄えると言い切ったことに引っかかったからです。因みに、起業当初は12種類の検査でしたが、詐欺が暴露される頃には、驚きの1,000種類に増加していました。しかも、理由がシャレているではありませんか?世の中に怖いものは何もないけれど、注射の針刺しの痛みだけが怖い!と母娘揃って語るかまととぶりに呆れ果て、中身の詰まっていない「空の容器」が、ホラを吹いているような、「インチキ」「ペテン」を直感しました。

 

 

 

又、2019年冬のTCAプレスツアーの「Inventor: Out for Blood in Silicon Valley」パネルインタビューに登場した、内部告発者タイラー・シュルツ(何と、ホームズの最大の盲信者ジョージ・シュルツの孫!)とエリカ・チャン(免疫アッセイチーム社員)から、直に武勇伝を聞いた貴重な体験と、お土産にもらったジョン・キャリルーの詐欺暴露本「BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相」のお陰で、過去3年余りホームズの大言壮語と比類稀なる図太さの心理分析に没頭してきました。行き場を失ったホームズがシリコンバレーのVCに働きかけて、同一の発想で新会社を設立しようと企んでいるに始まり、詐欺容疑で起訴された刑事裁判がパンデミックで延期されたり、出産で更に延期になったり等、ホームズの近況をマメにチェックして来たのは、ギブニーのドキュメンタリー同様の「シャーデンフロイデ」を求めて、ミレニアル詐欺師の成れの果てをこの目で確めたいからです。

「シャーデンフロイデ」とは、他人を引きずり下ろした時に生まれる快感を指すドイツ語の造語で、日本語で言う「ひとの不幸は蜜の味」です。何らかの不公平や不平等を感じていた人間が、自ら手を下すことなく(これが消極的な復讐と言われる所以)、不当に利益にあずかっている他人が不幸に見舞われた時に生まれる快感です。特権階級が検挙を免れるために、法律を書き換えてしまうようになった昨今、犠牲者は泣き寝入りを強いられるだけの世知辛い世の中です。人を騙して、私腹を肥やす業突く張りの人でなし(特に特権階級)に、天罰が下るのを目撃する快感は格別です。

 

ホームズの最大の擁護者/盲信者ジョージ・シュルツ元国務長官(サム・ウォーターストン)は、孫タイラーを嘘つき呼ばわりし、最後の最後までホームズの’鴨’だと認めなかった。製薬会社やメドテック・ベンチャー投資家は、ホームズの絵空事を見抜く力を持っており、門前払いの憂き目に遭った起業当初の苦い体験から、ホームズが選んだ資金調達作戦が、政界要人の個人資産を狙うことだった。創業経営経験が皆無である事を無視して、創業秘話とルックスだけで丸めこめる高齢(祖父のような)の白人男性が多いこと、政界要人に擁護されている’箔’が付くことの一石二鳥効果がある。(c) Michael Desmond/Hulu

 

前回ご紹介したアンソロジーシリーズ「Super Pumped: The Battle for Uber」が、悪辣非道な狂犬トラビス・カラニック対倫理観のあるVC(ベンチャー・キャピタリスト)ビル・ガーリーとの一騎討ちを描いたドラマなら、「ドロップアウト」は、夢は億万長者になることと公言する野心家ホームズ(アマンダ・サイフレッド)が、「指先穿刺による一滴の血液で健康状態を診断できる」と謳った血液検査テクノロジーで、採血/血液検査診断業界〜ヘルスケアを根底から覆すのだと大風呂敷を広げ過ぎて、前代未聞の失墜に至るまでを描きます。

奇癖で悪名高きジョブスに憧れるオタク、くそ真面目で空気が読めない、奇人変人の部類に属するダサい高校生が、名門スタンフォード大学を踏み台にして、自称シリコンバレーのマリー・キュリーにのし上がったものの、吹聴した採血診断テクノロジーを製品にして世に出す事なく、スーパー・ユニコーン/教祖様の地位から引きずり下ろされるまでの15年余りを追います。ドラマは刑事裁判に向けて宣誓証言するホームズから始まりますが、シリーズ撮影中に同時進行していた裁判での証言や開示事項はほとんど反映されておらず、ホームズを知り尽くしている視聴者には、新しい発見は全くなく、「シャーデンフロイデ」は、ほとんど味わえません。余りにも物足りず、私は裁判の模様を逐一報道するレベッカ・ジャーヴィスのトゥルークライム・ポッドキャストの「Elizabeth Holmes in Trial」に救いを求めました。

 

 

詐欺師は、FoMO(フォーモ=取り残される事への恐れや不安、見逃しの恐怖)に訴えた上で、シリコンバレーの鉄則「Fake it till you make it」(できるまで、できるフリをしろ)で巨万の富を手に入れるものだが、見切り発車しても後日修正できるソフトウエアやアプリ開発業界と、人の命を左右する血液検査テクノロジーを開発するメドテック業界の違いを全く理解していないホームズの奢りには仰天する。身内や盲信者を取り巻きにして、道義に叶う経営をしているかどうかをチェックする大人を排除したため、「裸の女王様」になってしまった。(c) Beth Dubber/Hulu

 

初対面でホームズの甘さと奢りを見抜いたスタンフォード大学医学部博士フィリス・ガードナー(ローリー・メトカーフ)、虚偽を嗅ぎ付けて挑戦する元アップル社のアヴィ・テヴァリアン(アミール・アリソン)やアナ・アリオラ(ニッキー・エンドレス)、ホームズの実現不可能の斬新なビジョンを可能にしようと、日夜あくせく働いたにも関わらず、情け容赦無く切り捨てられた盲信者(=セラノス従業員や役員)等の存在は否めませんが、面と向かってホームズに意見するガーリーのような、まともな大人はホームズの世界には登場しません。シリーズ後半になって正義漢タイラー・シュルツ(ディラン・ミネット)とエリカ・チャン(キャムリン・ミ=ヤング・キム)が内部告発に踏み切って、臨床検査ラボの運営停止処分に繋がり、キャリルーの詐欺暴露記事が次々と発表され、遂に解散に追いやられます。ホームズに面と向かって「血も涙も無いのね。それでも人間なの?」と批判するのは、後にも先にも顧問リンダ・タナー(ミカエラ・ワトキンス)のみです。まるで何事も無かったように、ペット犬とジャレ合い、毎日を楽しんでいる振りをするホームズに、「嘘つき!ひとを騙して何が面白いの!?」と、失業した従業員を代表してリンダが罵って初めて、視聴者は「シャーデンフロイデ」を体験します。

 

セラノスに投資しホームズの右腕として恐怖経営で従業員を震え上がらせた元社長兼COOサニー・バルワニ(ナヴィーン・アンドリュース)は、メドテック機器の開発にソフトウエア開発体験を基にすると言う初歩的ミスを犯している。無惨にも切り捨てられた挙句の果て、ホームズ裁判ではバルワニに虐待された被害者像を陪審員に植え付けて、数々の罪をなすりつけようとした。(c) Beth Dubber/Hulu

 

「ドロップアウト」はホームズがシリコンバレーに足跡を残そうとする異常なまでの野心に駆られて、恥も外聞も無く、ディスラプター/セラノス教の教祖様になって行く過程の要所要所で、どの「大人」の影響を受けて「裸の女王様」になってしまったのかを、ホームズに極めて好意的に説明しています。このドラマを陪審員が観たら、ホームズの「失敗は犯罪ではない」「野心的展望や見込みと嘘は別物」を鵜呑みにしてしまうのではないか?と思うほどです。完全に白紙状態のAIが、人間の行動や感情を吸収・記憶・学習した結果、シリコンバレー最大の詐欺を働くとんでもない悪の権化になったように描かれているからです。

 

ホームズの恩師チャニング・ロバートソン(ビル・アーウィン)博士は、セラノスの取締役第一号に迎えられる。英国人科学者イアン・ギボンズ(スティーブン・フライ)は、ロバートソンが引き抜いた免疫アッセイ専門家。ホームズが共同発明者として何の断りもなく名を連ねた特許を巡って、証人喚問に応じればホームズが吹聴する血液検査診断テクノロジーが、絵に描いた餅である事を認めなければならないと悩みに悩んで自殺を図る。(c) Beth Dubber/Hulu

 

ミレニアル詐欺師三人目も、デルヴィー、トラビス・カラニックと同様、自分を良く見せる技術に長け、人を騙したり裏切ったりすることに抵抗がなく、真面目な人達から搾取し、共同体の利益にタダ乗りしようとする自己愛性ソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)です。自己愛性ソシオパスは、1)極度のナルシスト、2)無責任、3)衝動的、4)平気で嘘をつく、5)欲しいものを手に入れるためには手段を選ばない、6)恐怖・戸惑いを感じない、7)共感できない、8)ルール・法律等無いも同じ、9)人を欺き、巧妙に操る、10)自責の念や羞恥心の欠如が行動パターンです。ホームズに好意的な本ドラマからシャーデンフロイデを味わえなかった視聴者の皆さん!9月26日の判決宣告に期待しましょう!

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