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カーダシアン三姉妹の長女でしっかり者のコートニー・カーダシアン

2016年9月27日
コートニー・カーダシアン WENN.comコートニー・カーダシアン WENN.com
今年の「2016 MTV Video Music Awards」でも大きな話題を集めたカニエ・ウエスト。同伴したキム・カーダシアンが美しく痩せたことも世間の大きな注目を集めました。

カニエですが、結婚当初は頑に出演することを嫌っていた「カーダシアン家のお騒がせセレブライフ」にも、ちょこちょこ登場するようになりました。そんな彼を見て「カニエは確かに変わっているけど、いい人じゃないか!」という印象を受ける人が増えてきています。個性的なカニエですが、カーダシアン一族とは不思議とうまくやっており、家族旅行にも喜んで同行。一族のことを「かけがいのない家族」だと大切に思っているのが伝わってくるからです。

カニエだけでなく、離婚はするもののクロエ・カーダシアンをこの世で最も信頼し「また昏睡状態になったときは、一切の決断を任せる」という契約を結んだラマー・オドムも、コートニーと3人の子供をもうけたものの破局したスコット・ディシックも、カーダシアン一族のことを「唯一の家族」だと言います。それほど、一族の絆は強く確かなものです。


ラマー・オドム (c)WENN.com


今回はそんなカーダシアン家の長女、コートニー・カーダシアンをご紹介します。


■しっかり者のコートニー

カーダシアン家三姉妹の長女コートニーは1979年4月18日にカリフォルニアのミルバレーに産まれました。小さい頃から頭が良く、ズバズバと自分の意見を言う性格だったとのこと。人情深い性格でもあるため「カーダシアン家の第二の母」だとも言われています。

三姉妹揃った写真を見ると、コートニーが一番背が低いですが、実際の身長は152cm。三女のクロエは177cmと長身なので並んで立つとびっくりするほどの身長差があります。ちなみに二女のキムも159cmとアメリカ人女性の平均身長以下。身長と髪の色(コートニーとキムは小さい頃から黒髪。クロエは小さい頃はブロンドだった)があまりにも違うため「クロエの父親だけ違う」「母親のクリスがO.J.シンプソンと浮気した時にできた娘」という、根も葉もない噂がたつようになったのです。


(左から)キム、クロエ、コートニー(2007年撮影) (c)WENN.com

コートニーは妹たちと同じく、両親の強い希望でカトリック系の私立女子高に通いました。宿題はきちんとする真面目な生徒だったと伝えられています。


■両親の離婚に心痛めた時期も

コートニーは12歳で、両親の離婚を経験しました。子供たちの中で1人だけ思春期に達していた彼女は、両親の離婚に深く傷ついたとのこと。父親ロバートのことは常に尊敬していたそうで、離婚後は別々に住む両親の家を行ったり来たりしながら暮らしました。

母親がブルース(現ケイトリン)ジェンナーと再婚することになった時、コートニーはかなりの拒絶反応を起こしたとのこと。冷たく当たったそうですが、「突然やってきた男に父親面されなくない気持ちはよく分かる。少しずつ家族になれたらいいなと思う」と無理強いをせず、必要な時にはサッと手を差し伸べてくれるブルースに、次第に心開くようになったそうです。


(左から)コートニー、キム、母クリス、父ブルース(2005年撮影) (c)WENN.com

ブルースは、現在、母親とは離婚し女性として生活していますが、親子としての絆をしっかりと結んでいるため今でも「お父さん」と呼び、連絡を取り合っています。

キムは高校卒業後、すぐに仕事をする道を選びましたが、コートニーは「勉強は大事、学歴も大事」だと考え三姉妹の中で唯一大学に進学。テキサス州ダラスの南メソジスト大学で2年学んだ後、アリゾナ州ツーソンにあるアリゾナ大学に編入し舞台芸術を専攻。スペイン語も習得し、無事卒業しました。


■ブティック経営者としてキャリアをスタート

大学では真面目に勉強をしていたというコートニーですが、もちろん流行にも敏感で、アリゾナ大学に移ってからは自分の体型を気にするようになったとのこと。「大学最後の年、大学で一番大きなおっぱいになってやるって思って。豊胸手術を受けたの。今思うと本当にバカだったわ」と告白しています。

大学卒業後、コートニーは就職活動はせず母親と共にロサンゼルスの高級住宅街カラバサスでニューヨークで子供向けブティック「Smooch」をオープン。ブティックは成功しニューヨークにも店舗を持つようになりました。


(左から)キム、コートニー(2008年撮影) (c)WENN.com

ビジネスウーマンとして活躍し、この世を謳歌し始めていたコートニーですが、2003年、父親ロバートが末期の食道がんと診断され、そのわずか8週間後に亡くなるという不幸に見舞われました。「父親には何でも相談できる」という最良の親子関係を築いてきたコートニーは、立ち直れないかもしれないというほどの悲しみに襲われたとのこと。母親やキムに励まされ、ブティックの経営に全力投球することで父親の死を乗り越えられたそうです。


■リアリティ番組に初出演

2005年、そんなコートニーに転機が訪れました。役者でも歌手でもない、お金持ちの子供というだけの「生まれつきのセレブ」がチヤホヤされる時代が到来。幼なじみのパリス・ヒルトンは、ニコール・リッチーと共に「The Simple Life」というリアリティ番組を製作し、人気者になりました。そんな中、コートニーにも、似たような番組に出演して欲しいというオファーが舞い込んで来たのです。


リアリティ番組「Filthy Rich: Cattle Drive」に出演するコートニー・カーダシアン(2005年) (c)WENN.com

その番組は米E!で放送されたリアリティ番組「Filthy Rich: Cattle Drive」。コートニーの他にも、元プロボクサー、ジョージ・ファアマンの息子ジョージ3世、ボディビルダー兼俳優ルー・フェリグノの娘シャンナ、俳優ロバート・ブラックの娘ノア、他にもヤフーCEOの娘らが出演しました。「ヒルトン一族の娘」「ライオネル・リッチーの娘」というほどのインパクトがなかったせいか、ワンシーズンで打ち切られてしまいましたが、コートニーは「リアリティ番組はおもしろい」と思うようになったのです。


■世間が注目するスコットとのロマンス

「Smooch」の成功で自信をつけたコートニーは、2006年、キムとクロエと共に「DASH」というブランドをブティックを立ち上げました。こちらはエレガントな大人向けのコンテンポラリー・クロージングを扱うブティックで、リッチなマダムたちの間でたちまち人気が出ました。


(c)WENN.com

同じ年、パーティーガールだったコートニーは、スコット・ディシックという男性と交際を始めました。スコットは、ハンサムで喋りが得意で優しいけれど、酒癖が悪く落ち着かない男性。スコットとコートニーは喧嘩を繰り返しながらも離れられない深い関係になっていきました。


コートニー・カーダシアン(左)、スコット・ディシック(2013年撮影) (c)WENN.com

そんな中、2007年に「カーダシアン家のお騒がせセレブ」の放送がスタート。キムがレイ・Jとのセックステープ流出で注目を集めたこともあり、大々的に宣伝されました。当初、視聴率はそれほど良くなかったのですが、シーズンを追うごとに鰻登りに。視聴者を惹き付けた大きな要因の一つは、「コートニーとスコットの、危ういけど、離れられない関係」だと言われています。

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次回は、コートニーとスコット、そして子供たち&クロエをご紹介します。お楽しみに!