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Vol.52 伝説の大作ドラマ「ダイナスティ」舞台裏

2008年12月25日
故ロナルド・レーガンが大統領に就任する1週間前の1981年1月12日に放送がスタートした「ダイナスティ」。80年代を代表するこのドラマへと成長した「ダイナスティ」は、数多くの人気ドラマを手掛けたアーロン・スペリングが製作総指揮を務め、ストーリー的にもビジュアル的にも超豪華であった大作です。

今も語り継がれ、映画化やスピンオフして欲しいと多くのファンが切望する「ダイナスティ」を、今回からご紹介いたします!

アーロン・スペリングも大絶賛した脚本
1980年、ABCネットワークは「どうにかして、ライバル局CBSの「ダラス」を超えるドラマを作りたい」と山ほど送られてくる脚本を読み漁っていました。何とか、「Fought Worth」という作品はどうかという企画が挙がったものの、プロデュースして欲しいと頼んだアーロン・スペリングとアーロンの制作パートナー、ダグラス・S・クレイマーからはキッパリと断られてしまい、行き詰ってしまいます。

しかし、元ABCプログラミング・エグゼキュティブであり、夫婦で脚本を執筆しているリチャード&エスター・シャピロがよい企画を持っているらしい、と聞きつけ事態は好転します。シャピロ夫妻は早速「お金持ちの常識はずれな生活、不幸せな生活、アップ・ダウン、全てを取り入れた」というタイトル「OIL」のパイロットを書き上げネットワークに提出。

脚本はアーロンやダグラスにも提示され、2人共「素晴らしい!」と絶賛し、全13話からなる「OIL」シーズン1の制作、放送が即決されたのでした。

キャスティングがスタート
ドラマ制作が決定したと同時にキャスティングがスタート。一族の帝王ブレイク・キャリントンのキャラクター・イメージは「エレガントでハンサム、そして洗礼されている」ことから、「チャーリーズ・エンジェルズ」の声役でお馴染みのジョン・フォーサイトが適役だと思うとアーロン・スペリングは強くプッシュしました。

が、局は「年齢が上すぎる。もっと若い人を」と、当時62歳だったジョンを蹴り、「ティファニーで朝食を」などに出演していた演技派俳優ジョージ・ペパードに役をオファーしてしまったのです。

他のキャスティングは順調に進み、ブレイクの妻クリルタル・キャリントンには「強いインパクトはないものの、女性が憧れる全ての要素を兼ね備えて入る女優」として「バークレー牧場」でブレイクしていたリンダ・エバンスが、ブレイクの息子で当時としては非常に珍しかったホモセクシュアルというキャラクター、スティーヴンには「ラブ・ボート」に出演していた繊細な雰囲気が魅力のアル・コーレイ、ワガママな娘ファロン役には「ハーディー・ボーイズ&ナンシー・ドルー」のパメラ・スー・マーティンがキャスティングされ、他の役もとんとん拍子で決定したのでした。

大豪邸でのロケがスタート
ドラマの舞台はデンバーでしたが、役者やクルー全員を引き連れデンバーで撮影を行うと莫大な費用がかかってしまうため、カルフォルニア周辺でロケ地探しが始まりました。

そして、カルフォルニアで最も豪華な邸宅として知られていた、サンフランシスから40キロ離れたクリスタル・スプリング・レイクの南側に位置するフィロリ・マンションで行われることが、脚本を担当しているエスターの強い希望で決定。エスターは敷地面積265メートルあるこのマンションを見た瞬間、感動し涙が止まらなかったそうです。彼女が幼い頃夢に描いていた「お姫様が住む豪邸」そのものだったからです。

ちなみに、ウォーレン・ビーティ主役の映画「天国から来たチャンピオン」でもこのマンションが撮影に使われており、歴史的建造物としても注目されているマンションなのです。

こうして全てが整い、1980年初夏にフィロリ・マンションにて「ダイナスティ」のパイロット撮影が開始されました。しかし、撮影開始直後、とある役者がプロデューサーと激しく衝突し、撮影が停止してしまうというピンチに陥ってしまうのです!

<次回も「ダイナスティ」の撮影秘話をご紹介いたします。番組を大ヒットへと導いた、あの大物女優も登場しますので、お楽しみに!>